城址とガラ紡の里山暮らし
愛知県豊田市松平。徳川家のルーツにあたる里山です。その里山に2014年から暮らしはじめた家族のどたばた。松平で祖父が営んできたガラ紡のあれこれ、松平のなかでも大給城址の季節の移ろいを紹介していきます。
【『ワタが世界を変える』⑥ 技術編】
 田畑健著『ワタが世界を変える』についてつづっています。

 この本には、ワタの育て方と糸の紡ぎ方、布の織り方について解説されています。勉強になります。

 現在、私が土づくりがいちばんの関心ごと。本では次のように書かれています。

  • ワタは実とり作物なので、窒素(牛糞など)が多いと茎葉ばかりが大きく育って、実が結ばない。石灰や鶏糞がよい。
  • リン酸(骨粉・糠)が多く入っていると良い実がつく。

 現在、私は薪ストーブの木灰を畑にまいています。落ち葉のたい肥もつくっています。葉ものの野菜と、実を育てる作物では肥料が異なることも初めて知りました。

 ワタについて書かれた本を何冊か読んできましたが、大変くわしく勉強になります。来年は、たくさんのワタをつくってドライフラワーをつくり、いろいろ活用できるようにしたいと考えています。

 良い本にであいました。

[2016/12/19 06:25] | 本・映画 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【『ワタが世界を変える』⑤ 暮らしの豊かさ】
田畑健著『ワタが世界を変える』についてつづっています。エピローグでは「みんなが豊かに生きるには」と提起がされています。

  • 物質的に豊かになれば人は豊かになれるという神話や幻想は、現在も一般社会を支配している。資本主義も社会主義も生産力の向上をめざした。しかし、生産力があがっても豊かになるのは一部の人間。生産手段を握る人間に富が手中する。社会主義は生産手段が公的に所有・管理されるが、そこに権力が集中するので結局は一部の人間だけが豊かになる。
  • 日本は物があふれ、何でも安く買うことができるが、それは豊かな社会か? 人間らしく幸せに暮らしている?
  • 真に豊かな暮らしとは、誰も搾取されず、誰もが衣食住の心配をせずに安心して暮らせることが前提。
  • すべて自給自足でまかなうことは無理でも、衣食住にかかわる生活必需品について一人ひとりが生産手段を一つでも二つでももっていること、資本家や為政者に生産管理についてすべて委ねてしまわないこと。
  • 自分や家族が生きるためのものを自分の手でつくりだすとき、働くことは喜び。日々の暮らしは大切な愛情のこもったものとなり、人は幸せになれる。
  • 近代機械文明から自分の手に取り戻すこと。

  あらためて「豊かさとは何か」を考えます。

  一人暮らしや都会暮らしのとき、休みの過ごし方は「浪費型」でした。ショッピングセンターへいって、時間をもてあましていました。しかし、満たされませんでした。

  里山暮らしの休日は、ほとんどお金がかかりません。出かけることはありません。なぜなら、作業が多いです。その作業も暮らしに直結するもの。生きる手ごたえを感じます。

  都会から遊びにくる家族が里山で過ごす時間が楽しいといいます。「のんびり」できるだけでありません。自然の営みや「自分でつくったものを自分で食べる」という、「人として生きる基本的な営み」が手ごたえとして感じるからなのですね。

[2016/12/18 07:38] | 本・映画 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【『ワタが世界を変える』④ ガンジーのチャルカ思想】
田畑健著『ワタが世界を変える』についてつづっています。「3章 ワタで世界を変えた」では、ガンジーのチャルカ思想と実践について書かれています。

  • ガンジーはインド独立の父。近代化した機械の存在を「人類にとって多大な富をたらすと思われている大型機械が、不幸をもたらしている」。
  • イギリスによるインド支配がすすみ、直接統治下におかれる。インドの手織りの伝統は姿を消す。ガンジーは。自分たちの生活に必要なものは自分でまかなうことを基本に、国産品愛用運動(スワデシ)を展開、その運動のシンボルに、インドの伝統産業を象徴するチャルカを据えた。「イギリス製の服を買うのをやめて、自ら糸を紡いで布を織ろう」と呼びかける。
  • 紡績機械を所有するのはほんの一部の資本家。チャルカは人びとが各家庭で必要とする糸を必要なだけ紡げば、少なくとも自国民の必要は十分満たせる。機会に使われ支配されるのではなく、誰もが機械の主人公。貧困をもたらす機械ではなく、生活を豊かにし、労働を楽しい喜びにする機械.。
  • 生産そのものに民衆が主体的に関わることこそが真の独立。
  • 「自然の恵みを利用して、自分の手足を正しく使って、自分で得る」という暮らしを基本に生きていくことで、インドの人びとは何物にも支配されない自由、永続的な豊かさを手にや入れることができる。武器や暴力は必要ない。
  • しかしガンジーのチャルカ思想は、残念ながらインドでは広く理解されない。近代化のなみに飲み込まれていたインド社会では流れに逆行するものと受け取られる。
  • 近代文明社会の末期をいきる私たちにとってガンジーのチャルカ思想は明日の生き方を具体的に考えていくうえで大きな意味を持っている。

 今は極度な格差社会です。そのなかで不安に生きて、もやもや生きている人々が多くいます。東日本大震災で、私たちが生きていく術を身につけていないことも知りました。

 そんなもやもやのなか、「自分の手で生きる営み」をみにつける必要性と、単に労働力を売る生き方ではだめだということもはっきりしました。

 ガンジーのように機械を拒否することはまだできませんが、少なくとも自分の手で生きる営みができような時間と空間とつながりと、最低限のお金が必要です。

 私の「世直し暮らし」はそのための社会づくりですし、里山暮らしでは「自分の暮らしを自分でまかなうこと」の実践だと思いました。

[2016/12/17 06:59] | 本・映画 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【『ワタが世界を変える』③ 産業革命がもたらしたもの】
   田畑健著『ワタが世界を変える』についてつづっています。「2章 ワタが世界を変えた」では、イギリスの産業革命について問い直しています。

  • イギリスの産業革命のさきがけは綿織物の道具の発明。綿工業を中心に産業革命は展開して、やがて重工業段階に移行する。そして、世界の構造変更をもたらす。
  • 産業革命で、綿が世界構造を変える決定的要因は二つある。ひとつは「衣」を得る手段・方法の機械化だった。「衣」は生活に不可欠だが手間暇がかかる。それが簡単に便利に得られるようになったことが画期的。近代化の始まりは繊維産業であることは日本も同じ。
  • もう一つは原材料がワタであったこと。イギリスでは寒冷で綿が育たず、羊毛がほとんど。羊毛の利用は寒冷地に限られるが、綿は世界中のどの気候にも通用する。なので外国と貿易する必要がある。
  • 「原料を国外から得ること」「国外に市場をつくって売ること」の二つの側面は、イギリス一国では成り立たない。大量な原綿は、奴隷制によるプランテーションの大規模綿花栽培に支えられる。西インド諸島からアメリカ南部が供給源であった。黒人差別のルーツにもなる。
  • 一方、綿織物を売る必要がある。その市場は中国やインドであった。しかし、インドは綿織物の発祥の地であり、優れた手工業の伝統がある。そこでイギリスはインドの職人を殺すほどインドの綿工業を絶滅させた。
  • 今日の経済格差、貧困、飢餓、環境問題、戦争など、現代社会が抱える諸矛盾は産業革命にその根がある。まさにワタが世界を変えてしまった


 この記述を読み、大学の授業「日本産業経済史」を思いだしました。そのときのテーマは『日本の近代資本主義の始まり』。教授が「近代の日本産業のスタートは繊維産業である」と力説していたのです。

  しかし、私が学生の頃、繊維業界は斜陽産業でした。なぜ繊維が近代資本主義の始まりだったのか疑問でした。

  その質問に教授は次のように答えました。

  「衣服が人間にとって必要なものだから」。

 当たり前といえば当たり前ですが、大きな発見でした。あらためてワタについて深めていくと、「布」が人間にとってもつ意味を学びました(続く)

[2016/12/15 06:30] | 本・映画 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【『ワタが世界を変える』③ 衣の地産地消・身土不二】
  田畑健著『ワタが世界を変える』についてつづっています。「1章 ワタの話」では、日本のワタと衣の現状について書かれています。

  • 食の自給率低下や輸入食品の問題について取り上げられるのに、衣に関して問題にも話題にもならないのは不思議。
  • 衣食住のうち、食と住は人間にも動物にも共通する。衣は人間だけ。衣は、その人の考え、行動、地位をあらわす。その人の生き方が込められている。
  • 布も身土不二を。特に和綿がアメリカ面よりも栽培は適している。世界の90パーセント以上がアメリカ綿。和綿は少し太めの糸になる。
  • ワタを生産しなくなった日本人は、自分たちにあった衣服の原料を放棄して安いワタを買ってくる。ワタの生産国も自分たちの伝統的な衣服があるにもかかわらず、安く買える日本人の着古したジャージを着て、おしゃれ着としている。生産国消費国が表裏一体となって自らの文化伝統を捨て去っている。衣の現実に現代社会の基本的な矛盾をみる。

 私自身の生活も、着ている服は外国産です。国産を探すのが難しい。

 私は生協につとめており地産地消や産地提携をなりわいにしていますが、食に限られています。生協で扱う衣服は、ほとんど外国製(とくに中国)です。

 なぜ糸や布の地産地消や身土不二が語られないのかという指摘には、目から鱗が落ちます。糸や布の地産地消を、この松平からすすめていきたいです。

[2016/12/14 06:27] | 本・映画 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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