城址とガラ紡の里山暮らし
愛知県豊田市松平。徳川家のルーツにあたる里山です。その里山に2014年から暮らしはじめた家族のどたばた。松平で祖父が営んできたガラ紡のあれこれ、松平のなかでも大給城址の季節の移ろいを紹介していきます。
【豊森なりわい塾『布の話』⑬ 映画『産土』】
 今日は仕事はじめ。いくぶん緊張した朝を迎えています。

 しばらく綴っていた豊森なりわい講座も今日が最後です。

 今回の講座では、あさひわかもの会主催による映画『産土』(うぶすな)の上映会がありました。あさひわかもの会は、旭地区に住む若者によって構成されています。豊森なりわい塾の同期生、K夫妻が中心メンバーでもあり鑑賞のおさそいがありました。

 『産土』は豊田市合併10周年を記念してつくられたドキュメンタリー映画。「自然とともに生きていたかつての日本人の暮らしとそこに息づく知恵や文化、また同時にそれらが失われつつあるという現実が、美しい映像によって表現」とチラシで紹介されています。

170105産土


 旭地区の様子だけでなく、足助地区の炭焼き職人や刃物職人、そして松平地区からは天下祭が紹介されていました。

 とても静かな映画ではありましたが、そこで生活し生きる地元のみなさんの鼓動がきこえるようでした。そして、豊田の里山で何年も続いてきたなりわいを急速に失っている危機感も覚えました。
 
 なぜ里山に人はひかれるのか。それは、ひとの営みとして里山DNAが組み込まれているからだと思うのです。そのDNAを見失ったとき、生きる手ごたえがなくなるのではないか。そんな感想をもちました。

 あさひわかもの会のみなさん、K夫妻、上映会を開いてくださり、どうもありがとうございました。

 しばらく綴ってきた豊森なりわい塾の講座。私の『城址とガラ紡の里山暮らし』の思いを育んできた原点であるとあらためて確認できました。

[2017/01/05 06:11] | 豊森なりわい塾 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【豊森なりわい塾『布の話』⑫ しめ縄づくり】
 今日で正月休みは終わり。大阪へ向かうフェリー船上でこのブログを書いています。今は小豆島あたりです。

 豊森なりわい塾の続きです。午後の講座では、しめ縄をつくりました。2期の卒塾生を講師に、藁からつくっていきます。私は初めてつくりました。

 作り方は簡単。藁を2つにわけ、片端を抑えます。それぞれ時計回りにねじり、そして反時計にギュッとしばります。単純な作業ですが、それぞれ縛り方に個性が出ます。

170104編む



 私はダイナミックなしめ縄ができました。

170104完成

 しめ縄づくりの作業をしながら、塾生と話をするのは楽しいものです。つくづく、手作業をみんなで行う楽しさと、ゆったりとした時間の豊かさに気づきました。

 今の時代、しめ縄は買うもの。つくるという発想は私にはありませんでした、しかし、一昔前の暮らしは、手作業をみんなでしながら、豊かな時間を過ごしていました。

 あえて、手作業の時間をみんなでおこなうこと。そして、失われがちな、ひととひととの結びつきとゆったりとした時間を、あえてつくること。そして、暮らしの技を体に覚え込ませること。こういう時代だからこそ、大事にしたい。

 このような結びつきと時間と技をもうけることが、私の目指す「今の時代にあった里山暮らし」だと発見しました。

 つくったしめ縄に松ぼっくりやセンリョウをつけ、正月に玄関に飾りました。

170104しめ縄


 来年も自分でつくってみます。

[2017/01/04 06:07] | 豊森なりわい塾 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【豊森なりわい塾『布の話』⑪ とよもり食堂】
 正月三が日。今日、長崎島原から豊田へ還ります。とても名残惜しいです。

 豊森なりわい塾での『衣講座』について書いています。

この講座で私が楽しみにしていたひとつに、「とよもり食堂」があります。豊森卒塾生4・5期の有志が6期生のために昼食を用意しているのです。

顔のみえる地元の食材にこだわり、ディスプレィも近所の草花を飾っています。

170103ディスプレイ


この日のメニューは自然薯・芋煮・湯豆腐などなど。ご飯も鍋で炊いています。

170103とよもり食堂


これがとっても、おいしい。余計な味つけがなく、この素朴な味こそ、田舎のふだんのくらしそのものなんだと発見しました。

 卒塾生の献身的な活動で豊森が支えられ、活動が太く根づいていると実感しました。(続く)

[2017/01/03 06:54] | 豊森なりわい塾 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【豊森なりわい塾『布の話』⑩ ご指名で】
 妻のパートナーの実家(長崎・南島原)にあつまり、にぎやかな正月を迎えています。子どもたちとにぎやかな、そしていとおしい時間を過ごしています。

 さて、豊森なりわい塾での『衣講座』について再開します。

 稲垣さんから座学でワタとガラ紡について学んだ次は、綿を手にとって糸紡ぎを学びます。綿繰り、綿打ち、よりこづくりをして、ワタを撚って引っ張りました。

 糸になる様子に、塾生から新鮮な驚きの声があがりました。

 次はガラ紡機の説明。稲垣さんからご指名で、私が説明しました。まさか豊森なりわい塾で、私がガラ紡について説明するときがくるなんて、感慨深いです。とても光栄でした。

170102ガラ紡


 ただ、突然のご指名でしたので、たどたどしい説明になりました。どれだけ伝わったのか不安ですが。

 こうして『衣の話』は終了。稲垣さんの助手を豊森なりわい塾でつとめることができて、これからの自信になりました。稲垣さん、豊森なりわい塾スタッフのみなさん、ありがとうございました。

 さて、この日は豊森なりわい塾一日を楽しみましたので、しばらく綴っていきます。

[2017/01/02 07:34] | 豊森なりわい塾 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【豊森なりわい塾『布の話』⑨ 糸を売って縄を買う】
 豊森なりわい塾での『衣』講座で学んだ、ワタにまつわる歴史上の人物について紹介しています。

 9人目は、私は「みたことはあるが…」という程度。アメリカ第37代大統領リチャード・ニクソンです。1970年前後の日米繊維交渉時の大統領です。

161230ニクソン

  • 日本の安価な綿製品を輸入が増えたため、アメリカが規制を要求。背景には、アメリカ国内の政争があった。
  • 1960年(昭和35年)の大統領選挙では、民主党ケネディと、共和党ニクソンが大接戦を演じる。繊維産業が強いアメリカ南部諸州の票を獲得できるかが、大きな勝負どころ。1968年の大統領選挙で、共和党のニクソン候補は南部の繊維産業の支持を得るため、繊維製品の輸入の制限を公約。翌年ニクソンが大統領に就任すると日本に自主規制を迫る。
  • 経済的利害関係のほかにも、沖縄返還という重大な政治課題があったといわれている。米国政府は沖縄を日本に返還する代わりに、日本政府に米国の主張する繊維規制に同意することを求めた。
  • このニクソン政権の戦略は、日本側の事情で極秘扱いにされた。まさに「糸を売って縄を買う」という状況だった。


 歴史をひもとくと、木材・オレンジ・牛肉などの自由化で日本国内では産業としては残念ながら衰退していきました。日本の農産業が衰退した原因をさぐっていくと、米国の思惑が大きいことがわかります。ワタも同様ですね。

[2016/12/30 06:40] | 豊森なりわい塾 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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