城址とガラ紡の里山暮らし
愛知県豊田市松平。徳川家のルーツにあたる里山です。その里山に2014年から暮らしはじめた家族のどたばた。松平で祖父が営んできたガラ紡のあれこれ、松平のなかでも大給城址の季節の移ろいを紹介していきます。
【豊田戦跡めぐり④ ずしりと重いパンプキン爆弾】
 国会での与党のTPP強行採決に怒る朝を迎えています。おごりも甚だしい。ますます日本の暮らしと未来に不安をもたざるをえませんが、ここはたたかわなければ。

 さて、「豊田・戦跡めぐり パンプキン爆弾の跡地をめぐる」について綴っています。

 最後に向かったのは、矢作川と巴川が合流するあたりです。落下地点は矢作川の川岸です。

161105矢作川

 私たちは渡合町という集落全体がみえる場所に車をとめました。渡合町の半数にあたる12件が全焼しました。あたりに爆弾の破片が広範にとんできて家々に突き刺さりました。矢作川から渡合町は結構な距離があります。爆弾の破壊力のすさまじさを感じます。

161105渡合町


今回、パンプキン爆弾の破片をTさんからみせていただきました。渡合町のある自宅を改装する際に、Tさんに提供されました。手に取ってみると。小さいものですが、大変ずしりと重いものでした。これが直撃したらと思うとぞっとします。

161105パンプキン爆弾

 証言によれば当時、川遊びをしていた子どもたちが2人なくなりました。

 ある証言によれば「村では火の手があっちでもこっちでもあがった。村には男衆は戦争や徴用に行っていなかった。火消しにがんばったのは、朝鮮の人たち。村にはたくさんの朝鮮人家族が住んでいた。今町側が大火事にならなかったのは、朝鮮のひとが頑張ってくれたから」。トヨタでも、朝鮮から動員が行われていたことに驚きました。

 以上、『トヨタの戦跡めぐり パンプキン爆弾の跡地をめぐる』のレポートでした。

 地元豊田市にはまだ戦跡が多く残っています。あらためて調べていくなかで、戦争を身近にとらえることができました。

 残念ながら、世界には戦争がいまだに起きています。その際に、トヨタの車が使われているのを映像でみます。とても心が痛みます。トヨタの車は、平和な社会と世界のために使われてほしいと願わずにいられません。

[2016/11/05 06:33] | 戦跡 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【豊田戦跡めぐり③ 地道な活動】
「豊田・戦跡めぐり パンプキン爆弾の跡地をめぐる」について綴っています。次に向かったのは明和町2丁目。トヨタ本社の南にあたります。

 ここで落とされたパンプキン爆弾によってクレーターができました。、直径19.8メートル。深さ7.5メートルということですから、相当な大きさです。

かつては子どもたちの遊び場であったようですが、今はトヨタの水質管理センターとなっています。確かにクレーターのような形をしています。パンプキン爆弾の破壊力を感じます。

161104跡地


 さて、パンプキン爆弾投下を指揮した米軍の指揮官は、フレデリック・ボック大尉。長崎原爆投下も指揮しています。

  豊田英二氏は回顧録などで「トヨタに落下したのは1トン爆弾ではないか」と記していました。それがたまたボック氏にとまり、「投下したのは5トン爆弾だ」との手紙を豊田英二氏に送りました。

  それらの資料が、ガイドをしてくださったTさんらの戦争を記録する会に渡され、真相がさらに明らかになってきました。

 このような地道な活動をつうじて真相が明らかになってきたのですね。Tさんの活動に敬意を表します。(続く)


[2016/11/04 06:00] | 戦跡 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【豊田戦跡めぐり② トヨタ本社工場直撃】
「豊田・戦跡めぐり パンプキン爆弾の跡地をめぐる」について綴っています。

 私たちが車に分乗してまず向かったのは、トヨタ本社工場の落下地点です。写真の右奥の白い建物の辺りに落下しました。左はトヨタ労組の会館施設「カバハウス」です。

161103トヨタ工場


 戦時中、トヨタは軍部の下に経営権がおかれました。トヨタを「航空機も製造している」と認識し攻撃対象としていたとのこと。ただ、事前に空襲があるという情報があったため、直撃はされても犠牲者は一人も出なかったと記録されています。

 豊田英二氏は「米軍のスケジュールによれば、1週間後すなわち8月21日に豊田と刈谷に爆弾を落とし焼き払う計画だった」と回顧しています。パンプキン爆弾投下翌日に終戦。トヨタが壊滅的な打撃をうける前でした。

 パンプキン爆弾が落とされたのは午後3時前後ですが、この日の午前中に名鉄三河線の竹村駅周辺で空襲が起きています。

 終戦日前日、このあたりは戦場だったのです。(続く)

[2016/11/03 08:16] | 戦跡 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【豊田戦跡めぐり① パンプキン爆弾の跡地をめぐる】
 私はコープあいち九条の会の事務局を担っています。先日、私たちの企画で「豊田・戦跡めぐり パンプキン爆弾の跡地をめぐる」を企画しました。

1945年8月14日の終戦日前日、米軍はトヨタ本社を標的に模擬原爆(パンプキン爆弾)を3発落下しました。1発はトヨタ本社工場を直撃、2発はそれて、明和町2丁目、矢作川岸に落下しました。

 私はパンプキン爆弾の落下について知りたくて、九条の会で企画しました。ガイドは豊田市で戦争と平和について語り継ぐ活動をされているTさんにお願いをしました。

 当日は9人が参加。名鉄豊田市駅に集合して出発しました。

161102豊田市駅


 しばらく、パンプキン爆弾の跡地について綴ります。

[2016/11/02 05:54] | 戦跡 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【豊田 模擬原発の跡地をめぐる】
 今日は企画の案内を。

 終戦日前日の1945年8月14日、豊田は戦場でした。当時午後3時頃に米軍が3発の模擬原爆(パンプキン爆弾)を落下。トヨタ本社工場を標的にしました。1発が工場を直撃し、あとの2発は工場を外れ、今の明和町2丁目と今町の矢作川左岸に落下しました。

 パンプキン爆弾は、長崎に落とされた原爆ファットマンと同じ型。いわば、豊田は原爆の実験の地でもあったのです。

 私が事務局をしているコープあいち九条の会では『豊田 模擬原爆の跡地をめぐる』を企画しました。落下した3ヶ所をめぐって実像を学び、平和の尊さについて考えたいと思います。会員以外でも参加歓迎です。

●10月30日(日)午前10時豊田市民文化会館に集合。車で分乗します。


⇒名鉄豊田市駅前のロータリーに変更します。

●見学場所:トヨタ本社工場付近(市道より見学)→明和町2丁目→矢作川左岸(12時終了予定)

●参加費500円

●当日は「豊田市平和を願う戦争展実行委員会」の代表委員の方にガイドをお願いしています。

●詳しくは写真のチラシを参考にしてください。

160927パンプキン爆弾跡地めぐり 
[2016/09/27 05:09] | 戦跡 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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