城址とガラ紡の里山暮らし
愛知県豊田市松平。徳川家のルーツにあたる里山です。その里山に2014年から暮らしはじめた家族のどたばた。松平で祖父が営んできたガラ紡のあれこれ、松平のなかでも大給城址の季節の移ろいを紹介していきます。
【小学校のそばに弾薬庫】
  4月8-9日の生協労連の平和のつどい『ピース・ミーティング』でのフィールドワークについて綴っています。次に陸上自衛隊の春日井駐屯地を見学しました。

170413弾薬庫


  写真左が春日井駐屯地。左奥の土手は弾薬庫です。右手の建物は小学校の体育館であり、「弾薬庫と体育館が隣り合わせ?!」と参加者から驚きの声があがりました。

  春日井駐屯地は陸上自衛隊の第10師団のひとつです。市街戦を想定した戦闘訓練が行われており、迷彩服をきた自衛隊が街中を歩いています。陸軍第10師団の自衛隊は、アフリカ・南スーダンPKOにも派兵されています。戦争法の具体化がすぐ隣にあります。
 
 今回のフィールドワークを通じて、「戦争に加担している愛知県」の実態を学びました。愛知県は「ものづくり」の県が特徴です。しかし、戦争を支える「ものづくり」は私たちの望むものではありません。平和のために使われなくてはいけません。

今後も愛知から平和と憲法をまもっていこうと決意をあらたにしました。

[2017/04/13 05:32] | 戦跡 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【小牧基地から戦場へ】
 4月8-9日の生協労連の平和のつどい『ピース・ミーティング』が開催されました。

 つどいでは、愛知県の小牧基地と春日井駐屯地見学のフィールドワークへ。愛知県は軍需産業が盛んな県であり、「戦争できる国づくり」がすすむなか愛知県では軍事強化がすすんでいます。

170412小牧基地

 全国から集まったなかまからは「愛知県は世界の戦場につながっている」という声がきかれました。

 フィールドワークについて少し紹介します。まずは、小牧基地から。

 小牧基地は愛知県が管轄する県営名古屋空港を利用しており、軍民共用空港です。主に後方支援を任務としています。

 戦闘地域への武器弾薬の輸送や空爆を行う戦闘機への空中給油を行うために、日本で唯一空中給油機KC-767と、C-130H輸送機が配備されています。南スーダンへもC-130H輸送機は飛んでいます。


 空中給油機KC-767。4機配備されています。軍機の特徴として窓がありません。

170412KC767.jpg


 C-130H輸送機は見つけられにくいように空の色と同系色です。

170412C130H


 フィールドワークでは、両機ともみることができました。小牧基地から、世界の戦場に飛び立っていることを実感できました。急に戦場が身近に感じました。

[2017/04/12 06:03] | 戦跡 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【豊田戦跡めぐり④ ずしりと重いパンプキン爆弾】
 国会での与党のTPP強行採決に怒る朝を迎えています。おごりも甚だしい。ますます日本の暮らしと未来に不安をもたざるをえませんが、ここはたたかわなければ。

 さて、「豊田・戦跡めぐり パンプキン爆弾の跡地をめぐる」について綴っています。

 最後に向かったのは、矢作川と巴川が合流するあたりです。落下地点は矢作川の川岸です。

161105矢作川

 私たちは渡合町という集落全体がみえる場所に車をとめました。渡合町の半数にあたる12件が全焼しました。あたりに爆弾の破片が広範にとんできて家々に突き刺さりました。矢作川から渡合町は結構な距離があります。爆弾の破壊力のすさまじさを感じます。

161105渡合町


今回、パンプキン爆弾の破片をTさんからみせていただきました。渡合町のある自宅を改装する際に、Tさんに提供されました。手に取ってみると。小さいものですが、大変ずしりと重いものでした。これが直撃したらと思うとぞっとします。

161105パンプキン爆弾

 証言によれば当時、川遊びをしていた子どもたちが2人なくなりました。

 ある証言によれば「村では火の手があっちでもこっちでもあがった。村には男衆は戦争や徴用に行っていなかった。火消しにがんばったのは、朝鮮の人たち。村にはたくさんの朝鮮人家族が住んでいた。今町側が大火事にならなかったのは、朝鮮のひとが頑張ってくれたから」。トヨタでも、朝鮮から動員が行われていたことに驚きました。

 以上、『トヨタの戦跡めぐり パンプキン爆弾の跡地をめぐる』のレポートでした。

 地元豊田市にはまだ戦跡が多く残っています。あらためて調べていくなかで、戦争を身近にとらえることができました。

 残念ながら、世界には戦争がいまだに起きています。その際に、トヨタの車が使われているのを映像でみます。とても心が痛みます。トヨタの車は、平和な社会と世界のために使われてほしいと願わずにいられません。

[2016/11/05 06:33] | 戦跡 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【豊田戦跡めぐり③ 地道な活動】
「豊田・戦跡めぐり パンプキン爆弾の跡地をめぐる」について綴っています。次に向かったのは明和町2丁目。トヨタ本社の南にあたります。

 ここで落とされたパンプキン爆弾によってクレーターができました。、直径19.8メートル。深さ7.5メートルということですから、相当な大きさです。

かつては子どもたちの遊び場であったようですが、今はトヨタの水質管理センターとなっています。確かにクレーターのような形をしています。パンプキン爆弾の破壊力を感じます。

161104跡地


 さて、パンプキン爆弾投下を指揮した米軍の指揮官は、フレデリック・ボック大尉。長崎原爆投下も指揮しています。

  豊田英二氏は回顧録などで「トヨタに落下したのは1トン爆弾ではないか」と記していました。それがたまたボック氏にとまり、「投下したのは5トン爆弾だ」との手紙を豊田英二氏に送りました。

  それらの資料が、ガイドをしてくださったTさんらの戦争を記録する会に渡され、真相がさらに明らかになってきました。

 このような地道な活動をつうじて真相が明らかになってきたのですね。Tさんの活動に敬意を表します。(続く)


[2016/11/04 06:00] | 戦跡 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【豊田戦跡めぐり② トヨタ本社工場直撃】
「豊田・戦跡めぐり パンプキン爆弾の跡地をめぐる」について綴っています。

 私たちが車に分乗してまず向かったのは、トヨタ本社工場の落下地点です。写真の右奥の白い建物の辺りに落下しました。左はトヨタ労組の会館施設「カバハウス」です。

161103トヨタ工場


 戦時中、トヨタは軍部の下に経営権がおかれました。トヨタを「航空機も製造している」と認識し攻撃対象としていたとのこと。ただ、事前に空襲があるという情報があったため、直撃はされても犠牲者は一人も出なかったと記録されています。

 豊田英二氏は「米軍のスケジュールによれば、1週間後すなわち8月21日に豊田と刈谷に爆弾を落とし焼き払う計画だった」と回顧しています。パンプキン爆弾投下翌日に終戦。トヨタが壊滅的な打撃をうける前でした。

 パンプキン爆弾が落とされたのは午後3時前後ですが、この日の午前中に名鉄三河線の竹村駅周辺で空襲が起きています。

 終戦日前日、このあたりは戦場だったのです。(続く)

[2016/11/03 08:16] | 戦跡 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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