城址とガラ紡の里山暮らし
愛知県豊田市松平。徳川家のルーツにあたる里山です。その里山に2014年から暮らしはじめた家族のどたばた。松平で祖父が営んできたガラ紡のあれこれ、松平のなかでも大給城址の季節の移ろいを紹介していきます。
福島⑬ あの日からもずっと…
 福島駅の書店で購入した本があります。

 『あの日からもずっと、福島・渡利で子育てをしています』(かもがわ出版)です。

20130831_060418.jpg


 福島市渡利地域とは、福島市の中心部から東部にあり、福島原発から北西に約60キロの地域。福島市内でも比較的放射線量の高い地域といわれています。

 その渡利に住み、学童保育の指導員をしている佐藤秀樹さん一家の著書です。ご家族には高校生・中学生・保育園の3人の子どもたちがいます。

 前書きを紹介します。

 大震災・原発事故の後、事実ではない福島の子どもたちの「実態」が流されているように感じています。福島で子育てしている私たち自身が、自分たちの想いを声に出さなければいけないのではないか。リアルな福島の子どもたちのようすを全国の人たちにも、政府も東電にも伝えなければいけないのではないか。そういう責任が原発事故の被害者である私たちにはあるのではないか。そんな想いでこの本を書きました。
 


 著書では、あの日の「それまで」と「それから」、そして「今」と「これから」が綴られています。

 特に、日々の食事・飲料・給食・遊び、そして運動会・プールなど季節の行事…外部被ばくと内部被ばくから子どもたちを防ぐために、そのときどきに親として苦悩・葛藤・選択・決断をする様子がよくわかりました。
 

 現在、保育園年長の娘に重ね合わせてしまいました。

 一部、 文章を紹介します。

  • 避難生活を送る方々も含め、福島の人を見るとき、「避難した人、している人」と「避難できない人」に分類して考えることはないだろうか。もちろん、「避難した人、している人」もいる。「避難させられている人」もいる。今、福島に住んでいる人たちだって、「避難したい人」「避難できない人」「住み続けることを選んだ人」「当面はここで暮らしていこうと思っている人」など、さまざまだ。

  •  誰もあきらめてはいない。悩み、学び、選択して、踏ん張って生きている。実態は一つではないことを見ていってほしい。できるだけ多くの人と話し、自分の五感で福島の喜怒哀楽を感じていってほしい。何度も何度も訪れてほしい。

  •  どんな支援を、と問われたら、「それぞれの持ち場で奮闘すべし」と私は答えている。事故前の政策・制度の貧しさが、事故後の復旧・復興に響いていることがたくさんあるからだ。
 
 

 この本、そして実際に被災地にいって感じたことを最後に綴ります。 
 

 繰り返しになりますが、実際に福島に身を置き、原発事故がもたらした被害を目の当たりにすれば、非常事態は今でも続いています。原発は一刻も早く廃炉にしないと安心できません。原発廃炉の議論をはじめるべきなのに、再稼働や原発輸出をする政府や東電の姿勢は許せません。

 それ以上に強く感じたのは、起きてしまった放射性物質の被災からは逃れられないという運命です(運命という言葉が適当なのか悩みますが)。その運命に福島のみなさんは正面から向き合って暮らしていくわけです。当事者でなければわからない感情も多いはずです。

 特に県外に住むものは、当事者のみなさんの想いに丁寧に耳を傾ける営みがとても大事だと感じました。

 主催した福島生協労組は「実際に原発被災地に身を置いてもらいたい」と毎月第4土曜日に視察を実施すると決めました。このような営みを、当事者である福島のみなさんが行うことに敬意を表します。

 最後の最後に、今回視察を主催した福島生協労組のみなさん(特にバスでずっと熱弁だったGさん)、また視察に送り出していただいた生協労連のみなさんに感謝いたします。

[2013/09/15 08:57] | 福島にて | トラックバック(0) | コメント(0) |
福島⑫ 福島県産
 学生から依頼されたアンケートとは、福島県産の食べものに関してでした。

 一部を紹介すると
  1. 福島県産の食品を購入していますか?
  2. 福島県産の食品に対して不安を感じていますか?
  3. 放射性物質と食品の安全性について調べたことがありますか?
 


 
 
 「1」については、我が家は生協を通して、福島県産の桃を購入しました。できるだけ福島県産の食品を購入し応援しようと家族で話し合っています。

 「2」「3」については、食品による内部被ばくなど「正しく知っているか」と問われると、恥ずかしながらよくわかりません。

  イベントパンフレットには「首都圏では、米の全袋検査について2割しか認知されていない」という記述がありました。福島県産米の全袋検査については、私も知りませんでした。

  放射能検査体制について若干の知識は持ち合わせていましたが、「正しく知らない」ために「全く不安がない」とこたえきれませんでした。

  アンケートをとおして、私の勉強不足を思い知りました。

  たまたま立ち寄ったイベント。福島県の農家や漁師の方々、食品加工に携わるみなさん、それを支援する団体などが、放射性物質や風評被害に苦悩しつつも模索し努力しているのだと知りました。

 「正しい姿を知ってほしい」と発信する姿に、「福島県産」というレッテルだけで恐れてはいけないのだとわかりました。

 そんな福島県の農家の様子を記録したドキュメンタリー映画が完成したそうです。タイトルは『天に栄える村』。原発事故直後から福島県天栄村で行われた「放射能ゼロ」の米づくりの様子を記録した内容と紹介されていました。

130914映画


 ぜひ、みたいと思いました。(続く)

[2013/09/14 06:46] | 福島にて | トラックバック(0) | コメント(0) |
福島⑪ 街なかマルシェ
 被災地訪問前日に福島駅前通りの公園で催し物をしていました。

 『街なかマルシェ』とあります。

130913街なかマルシェ’


 福島大学小山ゼミナール主催、福島生協連が共催の催し物です。

130913看板’


 地元の農家や漁業組合のみなさんが出展されていました。

130913出店’

 放射線量測定のデモンストレーションや、福島大学の「うつくしまふくしま未来支援センター」という、福島の地域産業再生の活動も展示されていました。

130913デモンストレーション’

 私もこの日は、「食べるのも支援」といろいろといただきました。

 この催し物について、パンフレットでは…

 私たちは小山良太ゼミナールは震災以前、6次産業化・地産地消を目指す「青空市マルシェ」を開催し、中山間地域の農家、都市部の消費者との相互理解を深める活動を実施。しかし、東日本大震災後、正確な情報発信と地産地消の再構築を中心に路線変更する。生産者・消費者・学生のコミュニティの場を創り、福島の復旧に努める。


130913パンフレット’

 
 「正確な情報発信」という言葉に目を落としていると、学生スタッフからアンケートを依頼されました。(続く)

[2013/09/13 06:23] | 福島にて | トラックバック(0) | コメント(0) |
福島⑩ 非常事態が続いている
 今日からは七十二候で「鶺鴒鳴」(せきれいなく)。セキレイがなく頃になったとのことですが、セキレイがどんな鳥なのかが、恥ずかしながらよく知りません。

 さて、やっと電話回線が回復しました。今日は4日前の福島原発被災地訪問の続きです。

 みなさんの身近に、福島からの避難者はいらっしゃいますか?

 今回の視察にあたり、主催者が福島県の避難者数を調べました。

 福島県外の避難者は5万2277人です。愛知県には773人が避難されています。(今年8月12日復興庁調べ)福島県内の避難者を含めれば、もっと増えます。

 18歳未満の子どもたちの避難者数は、福島県外1万7895人、福島県内1万2214人です。

 「そんなにいらっしゃるのか」というのが、私の感想です。少なくとも11市町村が、帰還困難区域や居住制限を受けているのですから当然です。

 ここで考えたいのが、なぜ「そんなに避難者がいらっしゃるのか」と思ったのかです。

 一昨年12月に当時の野田首相が、原発事故について「収束宣言」をしました。先日は、安倍首相がIOC総会で「福島の課題や問題は、完全に払しょくできた」と世界にアピールしました。

 「収束」「完全に払しょく」とは、避難されている方がもとの生活に戻れる状態をさします。しかし、私がみた福島の原発被災地は、収束や払しょくどころではありません。「非常事態」がいまだに続いています。ましてや、汚染水問題も浮上しています。

 避難者数を知って「そんなにいらっしゃるのか」と感じた背景には、「収束」「完全に払しょく」という政府の誤った宣言があるからではないか。そのために、国内外に福島の原発被災地の実態が、大きな問題として正しく伝わっていないからだ、と思います。

 もう卒園されましたが、私の保育園にも福島から避難していた男の子がいました。ママと男の子は名古屋に避難し、パパと離れた生活となりました。男の子が、七夕飾りで書いていた願いは「なつやすみに、パパにあえますように」でした。
 家族で一緒に生活したいという、当たり前の願いを奪ったのが原発事故です。

 地震や津波などの自然災害の発生は避けられません。そのための対策は必要です。しかし、原発はもともと問題が指摘されていたにもかかわらず建設がされました。原発被災は、私は「人災」だと思います。

 「収束宣言」「完全に払しょく」などは撤回し、「福島の非常事態は続いている」と再度宣言が必要だというのが、今回の福島訪問で思いを強くしました。

 さて、そんな状況でも福島では、原発事故を受け止め乗り越えようという方々がいます。次に紹介します。(続く)

130912コープふくしま

 写真は南相馬市で会った、配達中のコープふくしまのなかまです。「顔出しOK」とのこと。コープのなかまが被災地で暮らしを支えていると思うと、心強くなります。
[2013/09/12 05:09] | 福島にて | トラックバック(0) | コメント(0) |
福島⑨ 黙とう
 バスは、浪江町の海岸近くの慰霊碑へ。 津波で被災した地点です。

130908慰霊碑’

 福島第一原発第5・6号機がみえました。遠くの鉄塔のようにみえるのが原発です。

130908原発

 参加者で黙とうをささげました。この地で、迫る津波から逃げ、助けを求め、そして犠牲となられた方々を思うと、胸がいっぱいになります。

130908黙とう

 ここは原発の真北に位置します。放射線量は0.241μSv/Hと浪江中心部の10分の1です。原発がみえていても、方向が違うと放射線量も大きく異なっています。

130908原発近く’



 帰り道では、スクリーニング検査をうけます。原発被災地に足を踏み入れた人が、高い放射性物質を持ち込まないようにするためです。

130908スクリーニング

 主催者から、この一日で私たちがうけた放射線量が報告されました。約1.0μSvほどで問題のない量とのことでした。

 帰り道、あらためて福島・原発被災地を訪ねた意味を考えました(続く)。

[2013/09/08 09:12] | 福島にて | トラックバック(0) | コメント(0) |
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