城址とガラ紡の里山暮らし
愛知県豊田市松平。徳川家のルーツにあたる里山です。その里山に2014年から暮らしはじめた家族のどたばた。松平で祖父が営んできたガラ紡のあれこれ、松平のなかでも大給城址の季節の移ろいを紹介していきます。
夏休み工作④ 白黒写真・はがき
  まだ日中は暑いですが、体は秋を感じ始めています。

  みなさんもそうかもしれませんが、私は晩夏から彼岸までの1ヶ月間、1年でもっとも体調管理に悩まされます。

  体が猛暑モードになっているのに、気候が秋めいてくると大きくバランスが崩れてしまうのです。吐き気や変な発汗もします。


  どうしても自律神経が乱れがち。自分の体と心の声に耳を傾けながら、8月後半を過ごしていきます。

 さて、発見館の続きです。発見館のスタッフさんは、私がガラ紡績工場の孫であることをご存知で、今回も声をかけて下さいました。

 「実は、みていただきたい資料があるのですが…」とみせていただいたのは、古い白黒写真・はがき・買い物帳です。なんと大正・昭和初期の我が家のガラ紡績工場です。

140819はがき

140819写真

 文字はよくみえませんが、買い物帳には「大正」という文字がみえます。

140819買物帳

  はがきは年賀はがきのなかには「紀元二千五百九十八年」という暦も。昭和13年(1938年)にあたります。内容はよくわかりませんが、糸や綿の金額などが記載されていると思われます。

140819はがき②

 祖父母の若いころだけでなく、なんと曾祖母の写真もありました。

140819曾祖母

140819祖母

140819祖父

  私は曾祖母の顔をはっきり覚えていませんが、まさか発見館で会えるとは。お盆の季節に曾祖母と出会えたのも不思議な縁を感じます。

 写真のなかには打綿機もありました。愛知県犬山市の明治村には、曾祖父が寄贈したガラ紡や打綿機があります。それと同じものなのか、これから調べてみたいものです。

140819打綿機

 これらの資料は、2000年にガラ紡績工場を閉じるとき、発見館のスタッフが祖父から譲ってもらったものとのこと。このような写真や手紙が残っていることに感激です。今後の資料整理に協力することを約束しました。

  娘の工作のために訪ねた発見館でしたが、思わぬ懐かしい写真やはがきに会いました。お盆は先祖のみなさんが家にきているといいますが、このような形で会えて感慨深いものがありました。
 
 娘の夏休みも後半。宿題の仕上げにむけてラストスパートです。

[2014/08/19 05:57] | ガラ紡との再会・発見館編 | トラックバック(0) | コメント(0) |
発見館の水車は…
 豊田市の『近代の産業とくらし発見館』。ここに水車とガラ紡機が展示されています。

131101発見館

 ガラ紡の展示パネルに「谷間に花開いた独創の技術」というタイトルがあり、ガラ紡績の特徴をうまく表現しています。

131101ガラ紡


 水車はガラ紡績の動力となっていました。

131101水車

 2000年まで祖父母が操業していたガラ紡や水車は、発見館はじめあちこちの資料館へ渡されました。

 ところで、展示されている水車はてっきり祖父のものだと思っていました。

 ところが祖父の水車は大きすぎ、発見館の入口にある龍のモニュメントにされていると判明しました。

131101龍

 発見館の展示写真には祖母が写っています。

131101祖母

 私をタイムスリップさせてくれる場所です。

[2013/11/01 06:16] | ガラ紡との再会・発見館編 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ガラ紡との再会・発見館編・番外
 ブログをはじめて3週間。まだ操作が慣れません。
それでも、コメントをくださるスナフキンさん、そして拍手コメントをくださるチカウジさん、ありがとうございます。
 
私の性格なのか、ブログで心がけたいのは「短くても毎日更新」。木曜日から妻のふるさと・長崎県南島原市にいきますが、パソコンがなくても更新できるようにスマートフォンも始めました。現地の様子を紹介するのでお楽しみに。
 
さて、チカウジさんの拍手コメントはとてもうれしい内容でした。

 私もこのドンキ・ホーテ、リアルタイムで見ました。
 先週、あのドンキ・ホーテが一週間だけ特別再放送をしていたので見ていましたが、残念ながら松平は再放送されていませんでした。もしかして・・・と思っていましたが、おぎゅうびとさんのおじい様のガラ紡は私も訪ねた事があります。
 小学生の頃、水車を見にと、お話を聞きにいきました。もう詳しくは覚えていませんでしたが、水路から水を引いて、まだしっかり現役だった水車を率直に「スゴイ」と思った事は覚えています。お話を聞いたのはおばあ様だったかな・・・。
 子供ながら、あの時代に水車が地元に残っているという事が、松平人である私には嬉しかったです。無くなってしまったことは確かに寂しいですね。松平の自慢が一つなくなってしまったようです。でも、それをきれいに保存してくださっているのなら嬉しいですね。手元にはないけれど、おぎゅうびとさんの家宝ですよね。これからもずっとずっと大切に残してもらいたいですね。


 「松平人」「家宝」という言葉は、とても新鮮です。
 そういえば、数年前ガラ紡水車跡地に九久平小学校の生徒さんが「ここは水車があった場所です」という立て看板を立てていました。地元の誇りにしていた足跡をどう残すのか、今はまだ「そともの」ですがいろいろ考えたいなぁ、とチカウジさんのコメントをみて思いました。

 チカウジさんが管理人の『松平観光協会』のブログをリンクに貼り付けます。私のお気に入りのブログです。みなさんもどうぞクリックを。
[2012/08/26 13:46] | ガラ紡との再会・発見館編 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ガラ紡との再会・発見館編⑩
 発見館では、ほぼ毎日ブログが更新されています。訪問以降、ブログを読むのは日課になりました。そこでは、私が訪問した日のことが載っています。
http://toyota-hakken.at.webry.info/201206/article_8.html
うれしくなって、さっそくコメントを出してみたところ、発見館から次のようなコメントが返ってきました。

 この水車は、当時これだけ大きな鉄製の水車を作る技術がこの地域にあったということの証明でもありますし、使い込んで削れた歯車に、その力強さを見ることができます。私のとても好きな発見館のお宝です。

そうか、当時は山と川ばかりの松平に、明治30年(1897年)にはすでに近代産業を押し開く芽があったのです。

・どんな職人がこの水車をつくったのだろう。
・どうやって水車を運んだのだろう。
・当時の人と人との結びつきも相当力強かったのだろう

 想像するだけでワクワクしてきます。
 すっかりガラ紡にはまりつつある私は、7月のある日河合さんのガラ紡工場へ足を運びました(発見館編・終了)

追伸:今回より発見館のブログをリンクにいれました。
[2012/08/25 06:17] | ガラ紡との再会・発見館編 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ガラ紡との再会・発見館編⑨
 その後、発見館の職員さんと談笑しました。

 発見館では、
・毎年春休みにはガラ紡でコースターをつくるイベントを行っていること。
・5年前の企画展では、ガラ紡の見学会講演会が催されていたこと…etc
 ガラ紡をとても大事にしている発見館のみなさんに感謝したくなりました。
 
120824コースター コースター作りをした親子の写真パネル
 
 さらにきくと、発見館では綿を育てていました。私は、恥ずかしながら綿がどんな花を咲かすのか、綿はどのように採るのか、よく知りません。幼いときにたった一度だけ白い綿ができた畑をみたっきりです。
 「きれいなクリーム色の花ですよ」とうれしそうに話す職員さん。
 「ガラ紡のあの遺構群の場所に、綿の花が一面に咲いたらきれいだろうな」。みたこともない綿の花が広がる風景がふっと浮かびました。

 ちょうど苗も分けていただけるとのこと。マンションでプランターを並べて育てられるそうです。私はサボテンをも枯らすほど植物を育てるのが苦手です。
 ですが「綿を育ててみたい」と、またまた衝動が走りました。
 そこで、発見館より綿の苗4本をゆずってもらいました。
120824ブログ綿①  120824ブログ綿② 和綿とアメリカ綿の2種類。どんな花かな?
(続く)
[2012/08/24 06:36] | ガラ紡との再会・発見館編 | トラックバック(0) | コメント(0) |
| ホーム | 次のページ>>
プロフィール

おぎゅうびと

Author:おぎゅうびと
FC2ブログへようこそ!

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR