城址とガラ紡の里山暮らし
愛知県豊田市松平。徳川家のルーツにあたる里山です。その里山に2014年から暮らしはじめた家族のどたばた。松平で祖父が営んできたガラ紡のあれこれ、松平のなかでも大給城址の季節の移ろいを紹介していきます。
ガラ紡を訪ねて・河合和紡績編⑬
 同じガラ紡を扱った番組でも、祖父の登場した1997年当時とはしめくくりのナレーションは違っていました。(ガラ紡との再会・発見館編⑥ 8月21日更新)
 
 「ガラ紡はすでに最終段階に入った。いつまで松平でガラガラという音をきかせてくれるのか」というしめくくりでした。寂しさを感じましたし、実際に3年後に祖父は工場を閉じました。
 
 それが、今回の番組は「これからもガラ紡は続く」という展望を感じる内容です
 
 ガラ紡のもつ「ぬくもり」「あたたかさ」をなぜ時代は求めるようになったのか。

 祖父の番組が放映された1997年を振り返ります。ちょうど消費税が3%から5%になり、景気が低迷しました。その影響をうけ、今でもデフレ状態は続いています。労働者の賃金は1997年が最高。以降、賃金はずっと下がり続けており、現在も最低水準進行中です。就職難が続き今では正規職員で働くのが難しくなりました。派遣労働や非正規労働者が当たり前のようになりました。
 現代は貧困・格差社会と呼ばれます。人間としての尊厳が大切にされているのか疑問に感じる時代です。それでも、数年前は「年越し派遣村」ができましたし、今でも毎週のように「原発の再稼動ダメ」と多くの人たちが立ち上がっています。「世の中をよくするには、団結しないといけない」という動きが生まれています。

 そして東日本大震災です。被災者への支援は、人と人との繋がり・絆のなかから生まれてくるものという動きになっています。震災から1年半がたちましたが、継続した取り組みがとても大事になっています。

 ここまで書いて、出てきた漢字を並べてみます。「団結」「繋がり」「絆」「継続」「取り組み」…どれにも「糸」という文字が入っています。つまり、時代は「糸へん」の漢字の持つ価値観を大事にし始めているのではないか。ガラ紡は綿から直接「糸」が紡がれるのを実感できるから機械だからこそ、「糸」に人間の営みの本質を「ぬくもり」として感じるのではないか。この15年間、変ったのはガラ紡ではなく時代ではないのか…。

 と、なんだか難しく、偉そうな文章を綴ってみました。ただ、番組をみて、河合さんを訪ねて、私がガラ紡にひかれる理由がこれでハッキリしました。(河合和紡績編終わり)
[2012/09/18 05:47] | ガラ紡を訪ねて・河合和紡績編 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ガラ紡を訪ねて・河合和紡績編⑫
 番組では、ガラ紡の今を紹介しています。西洋式紡績の均一で細い糸から、ガラ紡の糸に人びとが再認識し始めたといいます。

120917ガラ紡糸 ガラ紡で紡いだ糸

登場したのは「45R」というアパレルメーカー。10年前からガラ紡で紡いだウールで製品をつくっており、今は河合さんの糸が45Rを支えるほど。

120915DVDジャケット

12091745R服 45Rの店舗は名古屋松坂屋にあります。


 河合さんは「見通しは悪くない。評判もいいし。いままでの経験をいかして、待っている人がいる限り一生懸命やらないといけない」

 そして、しめくくりのナレーションは次のような言葉でした。

 幾度もの繁栄と衰退を繰返し、いま再び、その魅力を輝かせるガラ紡。華やかさこそないが、現代の人びとが求めるぬくもりや懐かしさがそこにはある。ガラ紡を紡いできたものは糸、そして歴史。ガラガラ、ガラガラと決して回転をとめることなく、140年の時を紡いできた。そして、これからも。
120917しめくくり

 このしめくくりのナレーションにとても驚きました。そして、「あっそうか!」というある発見をしました。(続く)
[2012/09/17 07:00] | ガラ紡を訪ねて・河合和紡績編 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ガラ紡を訪ねて・河合和紡績編⑪
番組では、河合さんも登場。
120915DVD河合さん

ガラ紡の繁栄期と衰退期をとてもわかりやすく紹介していました。

【明治から大正の繁栄期】
・明治10年にガラ紡が第1回内国勧業博覧会で最高位をとって爆発的に広がる。特に、三河は綿の一大産地で原料調達も容易。
120916DVD綿

・当初は手回しで動かしていたガラ紡も、豊田で動力を水車にするように改良。松平には滝川や群界川の豊かな水量・急流があったために普及する
120915DVD水車

・水車から電気への動力。豊田で初めて電灯がともったのも松平。それもガラ紡のために。
120916DVDガラ紡数大正 ガラ紡の工場数が増えていきます

【太平洋戦争の統制期】
・戦局が厳しくなり昭和18年に企業整理が行われる。統制をうけてガラ紡工場の半分は転廃業。

【戦後の繁栄期】
・ガラ紡を調べると、必ず出てくる言葉『ガチャ万景気』も紹介されています。戦後の衣料不足から糸が求められ、「機械がガチャっといえば一万円という好景気」という昭和22~35年のことを指します。河合さんは昭和28年に16歳からこの時期にガラ紡を始めました。
120915DVDガチャ万景気


【衰退期へ(昭和40年以降)】
・大企業の繊維業が復興。ガラ紡は、昭和40年代は空前の灯火に。河合さんのもとに注文が来ず、日々の生活に困る苦い経験もしてきました。組合で操業短縮が進められましたが、きっと祖父も同じだったのでしょう。
120916DVDガラ紡工場 急激に工場数が減ります。
 
祖父も2000年には工場を閉じ、今では豊田でガラ紡工場は河合さん1軒に。

それが、今、どうしてガラ紡なのか?(続く)
[2012/09/16 07:19] | ガラ紡を訪ねて・河合和紡績編 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ガラ紡を訪ねて・河合和紡績編⑩
 ひまわりネットワークさんの番組は、7月23日に放映されました。私の住む名古屋では放映されません。そこで、母の住むみよし市まで出向きました。
タイトルは『刻の遺産・ガラ紡~繁栄と衰退、そして未来』です。

120915DVDタイトル


 冒頭は「何のファッション番組が始まったのだろう」という映像と「繁栄と衰退を繰返して、ガラ紡が紡いできたものとは…」という問いかけから始まりました。
120915DVDジャケット


 番組では、ガラ紡の仕組みやこれまでの歴史が紹介されました。堀金村資料館や発見館にあるガラ紡、そして水車が紹介されていますが、これらは祖父のガラ紡機です。

120915DVDガラ紡機②

120915DVDガラ紡機③



 松平地区も紹介されています。
120915DVD松平
 (続く)
[2012/09/15 06:58] | ガラ紡を訪ねて・河合和紡績編 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ガラ紡を訪ねて・河合和紡績編⑨
 電話のお相手は、地元のケーブルテレビ局・ひまわりネットワークさんです。ガラ紡の特集企画を組み、来週その取材があるというのです。ガラ紡が注目されているのを目の当たりしました。

ただ、河合さんのガラ紡が次に引き継がれる見通しがないのも事実です。思い切って、私の「夢」を話してみました。それは、祖父の工場跡地に棉を育てること。そのワタでガラ紡を紡ぎ、糸をつくること。そんな体験ができる場所をつくりたいこと…。
河合さんも「滝川に水車を置いて、ガラ紡が動かせるのも面白いね」と私の夢物語を面白がってきいてくれました。そんなガラ紡の里づくり(私は勝手に「がらんぼうの里」と名づけていますが)の夢を語り合っているうちに、私自身がワクワクしてきました。

 河合さんは「でもね、慌てなくていいよ。まずは綿を植木鉢から育てるところから始めてみたらいいよ」。ガラ紡の浮き沈みを経験しているからこそのアドバイスです。

 河合さんにお会いして、心踊る気持ちになりました。「また、いつでもおいで」という言葉は、とても心強く感じました。(続く)。
[2012/09/14 21:20] | ガラ紡を訪ねて・河合和紡績編 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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