城址とガラ紡の里山暮らし
愛知県豊田市松平。徳川家のルーツにあたる里山です。その里山に2014年から暮らしはじめた家族のどたばた。松平で祖父が営んできたガラ紡のあれこれ、松平のなかでも大給城址の季節の移ろいを紹介していきます。
長崎・島原から① 出発
 妻のふるさとは長崎県南島原市西有家。

 名古屋からは、車でフェリーを使いながらおおよそ丸1日かけて向かいます。 遠いので、2年に1回しか帰ることができません。

 名古屋を朝9時出発。高速道路でまずは大阪。大阪に住む妻の弟家族に会い、夕方は大阪南港へ。16時50分発新門司港行きのフェリーに乗ります。

120830フェリー 
フェリーはいわば船上ホテル。宿泊はもちろんレストランもお風呂もあり、なかなか快適です。 
 
 朝5時半頃新門司到着。
 九州自動車道で熊本の有明海に面した長洲港へ。
 午前7時55分出航のフェリーで対岸にある島原半島の多々良港に到着。
 車で南島原市へ。妻の実家には午前10時頃到着です。

120831有明海 有明海

 フェリー2泊長崎3泊の帰省。今回はどんな出来事が起こるか楽しみです。
[2012/08/31 08:18] | 長崎・島原から | トラックバック(0) | コメント(0) |
ワタづくり2012④
 「みてぇ~。花が咲いているよ」と娘の甲高い声。急いでベランダへ。
棉はクリーム色のきれいな花弁をみせました。前日夜には咲く気配はありませんでしたが、ふっと開いたようでした。
花は2種類。アジア綿アメリカ綿

120830ブログ120802アジア綿花① アジア綿は芯の近くが赤色です。(8月2日撮影)

120830ブログ120810アメリカ綿花① アメリカ綿は淡色です。(8月10日撮影)

 暑いなかで、とても涼しげです。1ヶ月間、1つまた1つと咲かせていきました。はじめて花を育てる喜びを味わいました。

120830ブログ120809アジア綿花② 花は次の日にはしおれて紫色になります。花の寿命は1日。短くはかないですね。

 このあとも棉も面白い成長をします。ですが、本日より妻のふるさと長崎県南島原へ2年ぶりの帰省です。ブログは現地から、南島原の様子をお届けしますね。ワタのその後は、また帰ってからのお楽しみに(続く)
[2012/08/30 06:42] | ワタづくり2012 | トラックバック(0) | コメント(1) |
ワタづくり2012③
 本によれば、6月頃のワタは大きくならないそうです。安心して、きちんと水をやっていくと順調に育ち始めました。

 途中、黒い虫(ブヨのようなもの)がわんさかわいてきました。妻によれば「ニンニクをおけば大丈夫」。おいてみると1週間後には虫はいなくなりました。

120829ブログ120707棉 このニンニクは、スナフキンさんが育てました。(7月7日撮影)

120829ブログ120729棉 7月に入ってから、ワタはぐんぐん伸びてきました。(7月29日撮影)

 ところで、ワタという字には「綿」「棉」があります。ワタが畑にあるときは「棉」という字を使うようです。なるほど、育っていくと「棉」の漢字が木偏を使う理由がわかります。ワタの茎はだんだん硬くなり「木」になっていくんですね。

 そして酷暑の8月になったとたんに…(続く)
[2012/08/29 05:38] | ワタづくり2012 | トラックバック(0) | コメント(1) |
ワタづくり2012②
 ワタを育て始め、娘と私は毎朝水やりをするようになりました。1週間水をあげつづけてきましたが、いっこうに元気になりません。
 4本のうち1本はますます元気がなくなり、とうとう枯れてしまいました。
120828ブログ120617 6月17日撮影 手前の苗が枯れてしまった…

 「はぁ~。やはり育てるのは無理かなぁ~」としょげつつも、ここからがいつもの私と違うところ。育ち方をインターネットで調べました。

 しかし、インターネットではよくわからず。「専門書が欲しい。それも今すぐ」という欲求にかられました。
これまで「本は本屋で見て買うもの」と思い込んでいましたが、うわさに聞いていた「アマゾン」に登録。この「アマゾン」とはとても便利で、「ワタ」「育てる」などのキーワードを打つと関する本がいろいろ紹介されてきました。

 2冊の本を購入し、翌日には届きました。早くて驚きました。
120828はじめての綿づくり「はじめての綿づくり」

120828ワタの絵本「そだててあそぼう ワタの絵本」
 (続く)
[2012/08/28 05:47] | ワタづくり2012 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ワタづくり2012①
 発見館から綿の苗を分けていただいた帰り道、ホームセンターで土を買いました。
 
 今まで私は花や野菜を育てようとしても毎回枯らせています。苗や種に申し訳なく、もはや私には花を育てる資質はないと思ってきました。なので、ホームセンターへいって土を買うという行為に自分でも驚きました。
 
 家にしまいこみ、ほこりのかぶったプランターをさっそく取り出しました。娘の土いじり用のスコップをつかって、4本の苗を移しました。

120827ブログ0608綿①  120827ブログ120608綿② 6月8日撮影

 しかし、すぐに疑問にぶつかりました。
 「どう育つんだ??」(続く)

[2012/08/27 05:54] | ワタづくり2012 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ガラ紡との再会・発見館編・番外
 ブログをはじめて3週間。まだ操作が慣れません。
それでも、コメントをくださるスナフキンさん、そして拍手コメントをくださるチカウジさん、ありがとうございます。
 
私の性格なのか、ブログで心がけたいのは「短くても毎日更新」。木曜日から妻のふるさと・長崎県南島原市にいきますが、パソコンがなくても更新できるようにスマートフォンも始めました。現地の様子を紹介するのでお楽しみに。
 
さて、チカウジさんの拍手コメントはとてもうれしい内容でした。

 私もこのドンキ・ホーテ、リアルタイムで見ました。
 先週、あのドンキ・ホーテが一週間だけ特別再放送をしていたので見ていましたが、残念ながら松平は再放送されていませんでした。もしかして・・・と思っていましたが、おぎゅうびとさんのおじい様のガラ紡は私も訪ねた事があります。
 小学生の頃、水車を見にと、お話を聞きにいきました。もう詳しくは覚えていませんでしたが、水路から水を引いて、まだしっかり現役だった水車を率直に「スゴイ」と思った事は覚えています。お話を聞いたのはおばあ様だったかな・・・。
 子供ながら、あの時代に水車が地元に残っているという事が、松平人である私には嬉しかったです。無くなってしまったことは確かに寂しいですね。松平の自慢が一つなくなってしまったようです。でも、それをきれいに保存してくださっているのなら嬉しいですね。手元にはないけれど、おぎゅうびとさんの家宝ですよね。これからもずっとずっと大切に残してもらいたいですね。


 「松平人」「家宝」という言葉は、とても新鮮です。
 そういえば、数年前ガラ紡水車跡地に九久平小学校の生徒さんが「ここは水車があった場所です」という立て看板を立てていました。地元の誇りにしていた足跡をどう残すのか、今はまだ「そともの」ですがいろいろ考えたいなぁ、とチカウジさんのコメントをみて思いました。

 チカウジさんが管理人の『松平観光協会』のブログをリンクに貼り付けます。私のお気に入りのブログです。みなさんもどうぞクリックを。
[2012/08/26 13:46] | ガラ紡との再会・発見館編 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ガラ紡との再会・発見館編⑩
 発見館では、ほぼ毎日ブログが更新されています。訪問以降、ブログを読むのは日課になりました。そこでは、私が訪問した日のことが載っています。
http://toyota-hakken.at.webry.info/201206/article_8.html
うれしくなって、さっそくコメントを出してみたところ、発見館から次のようなコメントが返ってきました。

 この水車は、当時これだけ大きな鉄製の水車を作る技術がこの地域にあったということの証明でもありますし、使い込んで削れた歯車に、その力強さを見ることができます。私のとても好きな発見館のお宝です。

そうか、当時は山と川ばかりの松平に、明治30年(1897年)にはすでに近代産業を押し開く芽があったのです。

・どんな職人がこの水車をつくったのだろう。
・どうやって水車を運んだのだろう。
・当時の人と人との結びつきも相当力強かったのだろう

 想像するだけでワクワクしてきます。
 すっかりガラ紡にはまりつつある私は、7月のある日河合さんのガラ紡工場へ足を運びました(発見館編・終了)

追伸:今回より発見館のブログをリンクにいれました。
[2012/08/25 06:17] | ガラ紡との再会・発見館編 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ガラ紡との再会・発見館編⑨
 その後、発見館の職員さんと談笑しました。

 発見館では、
・毎年春休みにはガラ紡でコースターをつくるイベントを行っていること。
・5年前の企画展では、ガラ紡の見学会講演会が催されていたこと…etc
 ガラ紡をとても大事にしている発見館のみなさんに感謝したくなりました。
 
120824コースター コースター作りをした親子の写真パネル
 
 さらにきくと、発見館では綿を育てていました。私は、恥ずかしながら綿がどんな花を咲かすのか、綿はどのように採るのか、よく知りません。幼いときにたった一度だけ白い綿ができた畑をみたっきりです。
 「きれいなクリーム色の花ですよ」とうれしそうに話す職員さん。
 「ガラ紡のあの遺構群の場所に、綿の花が一面に咲いたらきれいだろうな」。みたこともない綿の花が広がる風景がふっと浮かびました。

 ちょうど苗も分けていただけるとのこと。マンションでプランターを並べて育てられるそうです。私はサボテンをも枯らすほど植物を育てるのが苦手です。
 ですが「綿を育ててみたい」と、またまた衝動が走りました。
 そこで、発見館より綿の苗4本をゆずってもらいました。
120824ブログ綿①  120824ブログ綿② 和綿とアメリカ綿の2種類。どんな花かな?
(続く)
[2012/08/24 06:36] | ガラ紡との再会・発見館編 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ガラ紡との再会・発見館編⑧
 そのガラ紡工場は『河合和紡績工場』。豊田市で唯一稼動しているガラ紡工場です。
 発見館のガラ紡は、河合和紡績工場の河合さんに修理などもお願いするそうです。先日も発見館の職員さんが訪問されたばかりとか。工場は豊田市岩倉町にあり、調べると松平地区にあります。
 
 私は「本物のガラ紡がみたい」という衝動が抑えられませんでした。失礼ながら、発見館の職員さんにお願いして連絡をとっていただきました。
 
「ガラ紡を拝見したいのですが…。私は小野田愼一の孫です」
「そうかね。しんいっつぁんのお孫さんかいね。いやぁ、しんいっつぁんにはお世話になったからねぇ。そりゃ、ことわれないねぇ」
 突然の不躾なお願いを快く承諾していただけました。(続く)

[2012/08/23 05:58] | ガラ紡との再会・発見館編 | トラックバック(0) | コメント(1) |
ガラ紡との再会・発見館編⑦
 DVDでは、ガラ紡の行く末を「最終段階」と伝えていました。そのとおりに、祖父の工場のあった滝川沿いでガラ紡の音はきけませんし、きかせられません。

展示に「近代産業遺産分布図」という地図がありました。
120822マップ 豊田市内にある近代化遺産の場所を示しています。

祖父の工場跡地あたりも「滝川水系ガラ紡遺構群」とされています。

120822案内豊田市発行の『近代化遺産探訪案内』にも記述があります


 つまり、工場跡地やその地域一体は、「遺構群」として貴重だとされているのです。

120822滝川水系 「ガラ紡と松平」のページ。滝川水系ガラ紡遺構群のガイドは左下

 しかし、そこに住んでいた叔父も「貴重」だとは感じていません。それどころか、水車の跡地がイノシシの通る道として、ふさがられようとしています。今後も「遺構群」にふさわしい地域として残すならば、きちんと手を入れて整備しないとその面影すらなくなってしまいます。

 その役割は、価値に「気づいてしまった」私にあるのではないか…ふっと思いがよぎりました。

 さて、展示物をみて発見したことがあります。なんと、現在も稼動しているガラ紡工場があるというのです。(続く)
[2012/08/22 05:51] | ガラ紡との再会・発見館編 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ガラ紡との再会・発見館編⑥
DVDのタイトルは『ふるさと再発見 松平ガラ紡』。1997年5月5日放送ですから、ちょうど名古屋テレビの放送と同じ時期です。

120820オープニング

冒頭から、祖父の工場とインタビュー。祖父の語り口調があまりにも叔父に似て微笑ましく、さらに祖母にもインタビューがされて見入ってしまいました。

120820祖父
120820祖母
 
 このDVDには、私の知らないガラ紡や祖父のことが記録されていました。

・松平には全盛期600のガラ紡工場があった(書籍などには400戸以上という記述も)。ほとんどの家が農業の副業として行われ、ガラ紡の音が地域で聞こえていた。水車は昭和46年ごろまで動かしていた。

120820つぼ

・工場は明治30年(1897年)9月ごろ操業(撮影時は99年目)。祖父は12歳からガラ紡を始める(69年間もガラ紡で糸を紡いでいた)。朝9時から夜10時ごろまで操業。月に1日15日の2日しか休まなかったこと。冬の冷たいときには手袋がはめられないので手が凍傷になったこと。

120820ガラ紡工場②

・高度経済成長期に外へ働きに出る人が多く、急激にガラ紡は衰退。祖父が続けた理由は、「外に出て行くのが不安で、ずっと続けてきたガラ紡ならやっていけると思った」

120820工場内 綿ぼこりがいっぱい

そして、番組は次のように締めくくられていました。
「どのガラ紡工場も跡継ぎがいません。ガラ紡は最終段階を迎えています。松平で糸車の音をいつまできかせてくれるのでしょうか」。

 このDVDはガラ紡の貴重な記録資料ではありますが、私にとっては祖父祖母の生き様が凝縮されたものでした。そして、3年後には工場を閉じることになります(続く)。
[2012/08/21 06:19] | ガラ紡との再会・発見館編 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ガラ紡との再会・発見館編⑤
「お話をきかせてもらえますか?」
ガラ紡展示担当の職員さんがいらっしゃいました。今年から発見館で働かれているそうです。展示物が当時どう使われていたのかを聞き取り、今後のガイドに生かしていくのだそうです。

 私の記憶は20数年以上前のこと。目の前の水車と、ガラ紡の動きと響きでよみがえった五感を思いつくままに話しました。

・ガラ紡工場は、川沿いにあるので湿っぽかったこと。その湿っぽさが、ガラ紡には必要だと聞いたこと。
・工場内は、綿ぼこりでめぐらされており、木と綿と湿り気の混じった香りがあったこと。
・幼いときにひとりで工場に入り、時間が止まった不思議な感覚に襲われ、それがとても居心地よかったこと。
・小学校に入る前だったか、綿の買い付けか何かで、岡崎まで一緒に連れて行かれたことがあること。
・私が物心ついたときには水車は動いていなかったこと…etc

 発見館のみなさんがガラ紡を大事にして伝えようという心意気がうれしくなりました。ただ「私なんかの記憶が記録に生きるものだろうか」と、私自身がガラ紡の知識が乏しく恥ずかしくなりました。

「発見館には、ガラ紡を学べる資料はありますか?」。
 すると、DVDがあるというのです。ひまわりネットワークという地元のケーブルテレビ局が松平のガラ紡を特集されているというのです。
お願いをして視聴することにしました。(続く)
[2012/08/20 06:00] | ガラ紡との再会・発見館編 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ガラ紡との再会・発見館編④
 職員さんの案内でガラ紡へ。とても丁寧に展示されていました。
120819ガラ紡
「今でも動きますよ」とスイッチオン。いくつも並ぶつぼが回りながら上下に動きます。「ガラガラ」という音も響かせます。(この「ガラガラ」という音がガラ紡の名の由来です)
このユーモラスな動きとガラガラという響き。ガラ紡工場のにおい・空気・風景までもが、急速によみがえってきました。

 職員さんが親切に説明していただいている先に、パネルがありました。

120819パネル

 そこに祖母の姿がありました。作業の連続写真です。
 
 祖母が、祖父と結婚したのは1945年。以来、祖父とガラ紡を営んできました。実に55年間続けた祖母の作業が、この一枚のパネルにおさまっているのです。
 職員さんの一通りの説明後、思い切って話しかけてみました
 「ここに写っているのは、私の祖母です」
 職員さんが「えっ!」と驚かれ、「ちょっとお待ちください」と事務室に戻られました(続く)。
[2012/08/19 07:25] | ガラ紡との再会・発見館編 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ガラ紡との再会・発見館編③
 展示室の入口に大きな水車がありました。

120818水車① 「これが、もしや、あの水車?」。

120818水車② 展示の説明を読むと「豊田市大内町で現存する最古の水車」とあります。

展示のビデオには、あの跡地にある水車の映像が出てきました。
これこそ、祖父の水車です。

 水車を松平でみたのは、いつ頃だろう。高校生のとき以来…ってことは20数年ぶりです。
松平にあったころは、水車を上から眺めていました。それが下から見上げると、とても大きく感じます。(直径3.6メートル

 母はガラ紡工場を「古くて、時代遅れで、恥ずかしい」といって、あまり好んでいませんでした。私も、学生のときも働いてからも、松平を訪ねることはありませんでした。「ガラ紡工場を取り壊した」ときいていても、当時は「仕方ない」と思っていました。

 ガラ紡工場を閉じてわずか3年で、祖父は亡くなりました。この水車とガラ紡とともに歩んだ人生でした。その水車はさびも落とされて黒光りし、今になってとても存在感があふれていました。(続く)
[2012/08/18 09:00] | ガラ紡との再会・発見館編 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ガラ紡との再会・発見館編②
 さっそく中へ。白い壁でとても明るくきれいです。
 すぐ右手の部屋に入ってみます。手前にガラ紡が2台ありました。手づくりでの機械のようです。

 120817手回しガラ紡 「手でゆっくり回せます」とあります。

 まわしてみました。
 ガラ紡の上の軸がまわります。これで糸が巻き取られます。
 同時に下に並んでいる筒(つぼといいます)が、回転しながら糸で上に引っ張られます。そして回転がとまります。
 しばらくするとつぼが下がって回転します。上下と回転の動きを繰返して、糸が出来ます。木綿から糸ができる仕組みがよくわかります。
 
 「ガラ紡に興味がありますか?」。発見館の職員さんから声をかけていただきました。
私「はい。今日はガラ紡をみにきました」
 「このガラ紡の機械は、万博にあわせて作られました。ご好意でこちらに置かせてもらっています。展示室に本物のガラ紡の機械があります。動かしてみましょうか」。
と私を展示室へ案内していただきました。(続く)
[2012/08/17 05:52] | ガラ紡との再会・発見館編 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ガラ紡との再会・発見館編①
 発見館とはどこにあるのか…。
 ホームページで調べてみるとトップページから、ガラ紡の水車が映っています。
発見館は豊田市の公共施設とのこと。ガラ紡も常設展示されています。気持ちが高ぶります。

5月の下旬に発見館へ。豊田市の中心部にありました。かつては蚕業取締所で、国の登録文化財というだけであって、趣のある建物です。

120816水車龍① 入口にモニュメントがありました。水車のようですが…。

120816水車龍② 『ガラ紡水車再生プロジェクト』とあります。

 ガラ紡水車を再生? それもプロジェクト?

文章を読みすすめると、ガラ紡水車を龍にして、「未来への架け橋」を表現しているとのこと。
つつじが満開の季節でしたが、龍がつつじ畑にいるようにみえます。

 この水車が祖父のものかどうかはわかりません。ただ、私が幼いときにはすでに動かず、錆だらけで長年風雨にさらされていた水車が、「未来への架け橋」と表現されているなんて、感慨深いものがあります。(続く)
[2012/08/16 06:14] | ガラ紡との再会・発見館編 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ガラ紡との再会・松平跡地編③
 帰宅後、あるビデオを久しぶりに取り出しました。我が家で大事にしているものです。
名古屋テレビ(今のメ~テレ)製作『ドンキホーテ 春の遠足 おとなの散歩 松平郷を往く』(1997年4月9日放映)です。旅番組で、大給城・松平郷などを出演者が訪れていますが、祖父のガラ紡工場にも訪ねているのです。
 
 120815ドンキホーテ② 全体のガラ紡工場。テレビから撮影しました。

120815ドンキホーテ① 出演者のみなさんと一緒に。真ん中2人が祖父母です。

120815ドンキホーテ④ ガラ紡

120815ドンキホーテ③ 水車。鉄製です。

 その日は映像をみながら、叔父とガラ紡談義。叔父も小さい頃にガラ紡を手伝っていたようで、映像をみながら仕組みを熱く語ってくれました。

 疑問がわきました。
 「今は水車やガラ紡はどこに? 資料館にあるといっていたけど…」
 叔父によれば、「発見館」という資料館とのこと。
 そこで、ガラ紡と水車をみに発見館(豊田市近代の産業とくらし発見館)へいくことにしました。
(松平跡地編・終了)
[2012/08/15 07:57] | ガラ紡との再会・松平跡地編 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ガラ紡との再会・松平跡地編②
 愛知県豊田市大内町。九久平の交差点から国道301号線を滝川沿いにしばらくいくと、工場跡地に到着します。
山と川の間にある細長い土地に、自宅と工場がありました。2000年ごろまで操業、2006年ごろまで自宅もありました。当時は橋もありましたが、すべて叔父の代で取り壊しをしました。

 お隣の橋を借りて、懐かしの工場跡地へ。老木の梅は残っていますが、草いっぱいです。工場も自宅もあったと想像できません。
 
 120814跡地 工場と自宅の跡地。写真の右下あたりに水車跡があります。


 水車のあった場所に、草や野菜くずが入れられています。お隣のおばあちゃんによれば、イノシシの通り道で、水車跡をとおり川へ逃げていくので、やむにやまれず塞いでいるようです。
 里山のイノシシ被害をよくききます。松平も例外ではありませんでした。
 
 見上げれば大給城址。川の流れもそのままで、私の大好きな風景です。しかし、祖母が存命中に生っていた栗の木も、亡くなると同時に枯れてしまいました。手入れの行き届かない里山はすぐに荒れてしまうのだ、と心痛みました。(続く)
[2012/08/14 07:43] | ガラ紡との再会・松平跡地編 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ガラ紡との再会・松平跡地編①
 明治村から帰った日、さっそくガラ紡についてインターネットで調べてみました。
すると、ガラ紡を大事にするNPO・店舗、それにガラ紡をまとめた論文もあると知りました。

 たとえば
 ・浜松にはNPO法人で『ガラ紡愛好会』という組織があること。
 ・オーガニックコットンをガラ紡で紡ぎ商品にしている会社が愛知県一宮市にあること(『キタマ』という会社でした)。
 ・愛知大学中部地方産業研究所が『日本が誇る産業遺産・三河ガラ紡』という論文を2005年10月に発表していること。(論文には、祖父の写真と工場の概要がありました)
     …etc
そして叔父に連絡をとり、翌日にはガラ紡工場の跡地・松平へ向かいました。(続く)
[2012/08/13 07:57] | ガラ紡との再会・松平跡地編 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ガラ紡との再会・明治村編⑥
申し訳ないという気持ちと同時に、なんだか言葉で説明できない感情(使命感のような、過去がフラッシュバックされるような…)が急にわいてきました。

「ガラ紡についてもっと知りたいのですが、何か資料がありますか?」
ガイドさん「今日は、学芸員は休みだけども、別館にガラ紡を体験できる施設があるよ」

その場所は、機械館のすぐ近く『名古屋衛戍病院』にありました。
なんと『明治の大発明・ガラ紡』と銘打って、糸を紡いでコースターを織るという体験できるようになっています。それも水車を動力にしたガラ紡です。

120812体験①「大発明」をしたのは私ではありませんが、なんだか照れちゃいます。

120812体験②手づくりの水車ガラ紡がありました

 こんな形でガラ紡を伝えられているなんて、ますます衝撃をうけました。
そして、この日からガラ紡のあれこれをもっと調べてみようと思い立ちました。(明治村編・終了)
[2012/08/12 06:06] | ガラ紡との再会・明治村編 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ガラ紡との再会・明治村編⑤

「すでに操業はやめています。ガラ紡は一部資料館などに渡されているときいていますが、工場の跡地は更地になっています」

ガイドさん
「そうですかぁ~。それはとっても残念だ。今はこのような機械がどんどん消えていってしまっていますからねぇ。それにガラ紡はとても優れた機械ですよぉ。今も見直されているんですよぉ」

120811プレート② このプレートは何?
 
 展示されている機械のそばには、青く輝くプレートが掲げられています。みると『近代化産業遺産』とあります。後で調べてみると、近代化産業遺産とは、経済産業省から「日本の産業の近代化に貢献した機械です」と認定されると、そう呼ばれるそうです。

120811プレート①ガラ紡は2007年11月30日に認定されていました。

「やぁ~、それはとても残念だ」。もう一度繰り返されたガイドさんの言葉。
近代化産業遺産にまで認定されるほどの「ガラ紡」の孫として、なんだかとても申し訳ない気持ちになりました。(続く)
[2012/08/11 07:25] | ガラ紡との再会・明治村編 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ガラ紡との再会・明治村編④
 なぜガラ紡が見直されているのか。

 ガイドさんによれば、
  
①綿というのは、ねじりにながら引っ張るとつながって伸びていく(実演してもらいました)。
 これを何本もねじりあわせていくと糸になる(「よりをかける」というそうです)。
 ガラ紡は、糸の仕組みを子どもたちに伝えるために教育としてわかりやすい。

②手作りの風合いがでて、オリジナルの糸ができること。これがファッション界で注目を浴びている。

エコがいわれている時代に、電力エネルギーをあまりかけなくても一度に多くの糸ができる。

  「ガラ紡がこんなことになっているなんて…」とますます気持ちが高ぶりました。

120810上からみる ガラ紡を上からみると、糸が何本もできるのがわかります

 
 ガイド終了後、気持ちが抑えられず思いきってガイドさんに声をかけました。
 「私の祖父はガラ紡を営んでいました。このガラ紡の寄贈者『小野田英一』は私の曽祖父です」

 ガイドさんは、突然の言葉にもちろん驚かれました。そして、まっさきに聞かれた質問は
 「今、ガラ紡の機械はどうなっていますか?」(続く)
[2012/08/10 06:14] | ガラ紡との再会・明治村編 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ガラ紡との再会・明治村編③
その日、ガイドをきくのは私の他に2家族10人ほど。
ボランティアガイドさんは、一つひとつの機械の仕組みと、ここの機械がいかに日本の近代を築いたかを、熱くガイドされていました。

そして、いよいよガラ紡のところへ。
120809ガイド

ガイドさんは、
 ・綿の性質を利用した優れた機械であること。
 ・臥雲辰致(がうんたっち)という方の発明による日本独自の機械であること。
 ・当初は水車を動力にしていたこと。
 などを語ったのち、驚きのひとことを話されました。
「このガラ紡は、今の時代になって見直されているんです」(続く)
[2012/08/09 06:23] | ガラ紡との再会・明治村編 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ガラ紡との再会・明治村編②
中には大きな機械が並ぶなか、ガラ紡は一番奥にありました。ワクワクして駆け寄ってみると、なんと3台

ガラ紡・打綿機
左からガラ紡績機(手動式)  ガラ紡績機(水車式)  打綿機(三つ行燈)

120808展示
 案内版には寄贈者に『小野田英市』の名がありました。

 『市』ではなく『一』ではありますが、確かにおおじいちゃんの名前です。うれしくてはやる気持ちを抑えつつ、写真をずっと撮影していました。
 もっといえば、ガラ紡の見学者のみなさんに
「これは私の曽祖父の機械です!」と話しかけたくなるほど高揚していました。

 さて、機械館ではボランティアのガイドがあるとのこと。それも開始時間がまもなく。ガラ紡のガイドをききたくて、参加することにしました(続く)
[2012/08/08 06:36] | ガラ紡との再会・明治村編 | トラックバック(0) | コメント(2) |
ガラ紡との再会・明治村編①
 今年のGWでした。

 愛知県犬山にある明治村へ。小学生以来ですから30年以上ぶりです。
 「松平に住むならガラ紡でもみておこうかな」。そんな程度の目的でした。
 というのも、明治村に曽祖父が「ガラ紡」を寄贈したからです。小学生のときにはガラ紡の前で写真を撮りましたが、果たして今もあるのかどうか。そんな疑問ももっていました。

 受け取った明治村マップに、「ガラ紡」の文字はみあたりません。
 午前中にいろいろ歩きまわりましたが、どこにあるのか見当もつかず。5歳の娘もぐずついて、ほぼあきらめかけたときに鉄道寮新橋工場(機械館)に入りました。(続く)。
ここ(機械館)にガラ紡はあるのか? ここ(機械館)にガラ紡はあるのか?
[2012/08/07 06:20] | ガラ紡との再会・明治村編 | トラックバック(0) | コメント(0) |
はじめまして
 はじめまして。おぎゅうびとです。このたびブログをはじめます。

 私たち家族は、名古屋のマンションで暮らしています。ひょんなことから、愛知県豊田市松平へ再来年に移住する運びとなりました。松平は、私の祖父が2000年頃までガラ紡を営んできた里山です。
 
 ブログでは、 
  ・私たちの里山暮らしにむけたどたばた
  ・祖父が営んできたガラ紡のあれこれ
  ・松平のなかでも大給城址の季節の移ろい  などを綴っていきます。

 どうぞ、おつきあいください。
[2012/08/06 16:39] | 節目に | トラックバック(0) | コメント(2) |
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