城址とガラ紡の里山暮らし
愛知県豊田市松平。徳川家のルーツにあたる里山です。その里山に2014年から暮らしはじめた家族のどたばた。松平で祖父が営んできたガラ紡のあれこれ、松平のなかでも大給城址の季節の移ろいを紹介していきます。
2012年の漢字 『紡』
 大晦日です。2012年は私にとって大きな決断の1年でした。
 
 昨年の今ごろは、

  • 松平という里山に移り住むのも、
  • ガラ紡について深くかかわるのも、
  • ブログを始めるのも
 
 …まったく想像できませんでした。

あえて今年の一年の漢字をあらわすのなら「紡」でしょうか。

  ガラ「紡」であるのはもちろんです。 それ以上に、これまでどんな生き方をしてきたか「紡ぐ」営みの深さを思い知りました。

 それは私自身の生き方だけをさすのではありません。

  • 私の周りのみなさんも
  • 私の前の世代も
  • 前の前の世代も

もっといえば

  • 日本が、世界が、人類が、自然が、これまでどうすすんできたか、も。


…スケールの大きな話ですけどね。

 そんな、「これまでを紡ぐ」営みをつづけると、今後どう生きていくのかが、みえてくる気がします。

 今後も、ブログで「紡ぐ」営みをすすめていきます。ブログを読んでくれたみなさん、どうもありがとうございました。良いお年を。
[2012/12/31 05:49] | 節目に | トラックバック(0) | コメント(0) |
ガラ紡を訪ねて・西三河編⑦ 来年は
 ひとつは、11月17日付の中日新聞です。
 「あいち遺産」というコーナーで「今もなお月1トン生産」という見出しがついています。ガラ紡水車が岡崎市内に5台あること、唯一稼動している「石田和紡」さんを伝えています。

121230新聞記事

 もうひとつは、たまたま勤務中に車で移動中にきいたCBCラジオです。11月30日にある番組でレポートドライバーさんが石田和紡さんを訪ねていました。ラジオをきいた瞬間、「おぉ」と叫んでしまいました。

http://hicbc.com/special/blog/index.htm←レポートドライバーさんのブログ
 
来年は、岡崎市内の水車と石田和紡さんを訪ね、本物のガラ紡に触れたいです。

[2012/12/30 07:55] | ガラ紡を訪ねて・西三河編 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ガラ紡を訪ねて・西三河編⑥ 発見館が一番
 西三河でガラ紡機を展示をしていると思われる資料館を回ってきました。

 結論からいうと、西三河地方の資料館で、ガラ紡機の勉強をするなら、『豊田市近代の産業とくらし発見館』が一番わかりやすいです。

 つまり、私の祖父のガラ紡機であり水車ですね(手前味噌ですが)。

120819ガラ紡 
 発見館HP→http://www.toyota-hakken.com/

 ところで、西三河には、豊田に1軒、岡崎に1軒のガラ紡工場があります。そのうち、岡崎のガラ紡工場・石田和紡さんについて目に触れる機会が続きました(続く)。

[2012/12/29 06:49] | ガラ紡を訪ねて・西三河編 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ガラ紡を訪ねて・西三河編⑤ ガラ紡船
 そこで、矢作川とガラ紡の関係を調べました。「へぇ~」という事実を知りました。

 ガラ紡機の動力と矢作川の関係です。

 松平や岡崎の山間では川の急流を利用した水車を動力にしていました。

120818水車①  祖父の工場にあった水車(発見館内に展示)

 一方、同じ矢作川でも、平野部では船にガラ紡機を積み、川の流れを動力にしていました。これを船紡績といいます。
 1898(明治31)年には、ガラ紡船が矢作川全体で100隻あまりにも及んだそうです。

121228ガラ紡船 
写真は『日本が誇る産業遺産・三河ガラ紡』内の資料にあったガラ紡船

[2012/12/28 06:47] | ガラ紡を訪ねて・西三河編 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ガラ紡を訪ねて・西三河編④ 西三河=ガラ紡=矢作川
 西尾・安城・岡崎…綿やガラ紡を訪ねて車を走らせてきました。

 何度か矢作(やはぎ)川にかかる橋を渡りました。矢作川は西三河地方を代表する一級河川です。この地方が農業として豊かなのも矢作川があるからです。

 西三河には矢作川水系となる川がいくつかあります。松平を流れる巴川・滝川・群界川は、矢作川とつながります。

 矢作川沿いを走りながら、

  西三河=ガラ紡=矢作川

 そんな関係があるのかなぁ、とぼんやり考えていました(続く)
[2012/12/27 06:01] | ガラ紡を訪ねて・西三河編 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ガラ紡を訪ねて・西三河編③ 岡崎市美術館
 次に目指したのは、岡崎市美術館。たまたまスマホで検索したら、ヒットしました。

  が、到着したと同時に、「ここにはない」と確信しました。

  「美術品」は展示されていますが、ガラ紡機のような機械を展示している雰囲気がありません。 案の定、学芸員さんも美術館にはガラ紡機はないとのことでした。

  • 私:「他に岡崎市でガラ紡機が展示されているところは?」
  • 学芸員:「公共の岡崎市施設にはないです。あるとしても解体してしまってあります」
 
  「ガラ紡が盛んだった岡崎市で、それも臥雲辰致さんを名誉市民にしている岡崎市なのに…」と拍子抜けしてしまいました。

 (後日、岡崎市の美術館は、美術館・美術博物館・世界子ども美術博物館と3つあるのですね。美術博物館ならあるのかな?)

[2012/12/26 05:56] | ガラ紡を訪ねて・西三河編 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ガラ紡を訪ねて・西三河編② 安城市歴史博物館
 まず目指したのは安城市歴史博物館です。

121225安城市歴史博物館
 
  公共の博物館としては、きれいです。
 展示物は、弥生時代の土器、三河万歳、「日本デンマーク」としての農業関連の案内が多そうです。

   私: 「ここではガラ紡機は展示されていますか?」
  受付: 「廊下に展示してあります」

 「廊下?」とは思いましたが、案内していただきました。

 それは木で複製されたもので美しいガラ紡機でした。

121225安城ガラ紡 

 ただ、実際に使われていた機械を収集して展示しているわけではないようです。

 学芸員に「安城市内で実際に使用していたガラ紡機をどこかで展示していますか?」とききましたが、安城市内にはないとのことでした。

[2012/12/25 06:25] | ガラ紡を訪ねて・西三河編 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ガラ紡を訪ねて・西三河編① 足をのばして
 訪ねた天竹神社は西尾市、つまり西三河という地方にあります。豊田・岡崎の山間だけでなく、安城などの西三河平野部でもガラ紡が行われた地域です。

 たまたま、その日は火曜日。愛知県内の資料館は、多くが月曜日休みですが、火曜日なら開館しています。

 そこで、足を伸ばして「西三河にある資料館のガラ紡をすべてみよう」と思いつきました。スマホ・カーナビから、西三河のなかでも安城と岡崎の資料館を選びました。
[2012/12/24 07:53] | ガラ紡を訪ねて・西三河編 | トラックバック(0) | コメント(0) |
綿を訪ねて・天竹神社編⑦ 暑い地域から
 ふっと疑問に思い、綿の起源を調べてみました。(参考『ワタの絵本』農文協より)

  • 5000年前に栄えていたインドのモヘンジョダロという遺跡から木綿繊維の切れ端がみつかった。
  • ペルーのインカ帝国以前の古墳から木綿布につつまれたミイラが発見。
  • メキシコのテワカン渓谷から紀元前5500年の綿花が見つかる。

 すでに7500年以上も前から綿はあったんですね。それもインド・ペルー・メキシコなど、もともと暑い地域の植物なのです。

 やがて寒さにも慣れながら、中国で13世紀、朝鮮で14世紀に綿花栽培が始まり、そして日本に再び15世紀に伝わったとのことです。

 きっと崑崙人の綿がうまくいかなかったのは、当時の気候に合わなかったからかもしれませんね

[2012/12/23 07:22] | 綿を訪ねて・天竹神社 | トラックバック(0) | コメント(0) |
綿を訪ねて・天竹神社編⑥ 崑崙人
  それはひとりの人物画像です。棉祖神とされている崑崙人と説明がされています。

121222崑崙人 

  これが神社で伝わっている古画像かどうかはわかりませんが、神様ように描かれていますね(私には仏画像のようにもみえます)。綿の種が入っていた壷も描かれています。

  ただ、崑崙人が伝えた綿はうまく育たなかったようで、姿を消してしまいました。15世紀末に中国・朝鮮から再び種が入ってきて、全国に綿が広まりました。
[2012/12/22 11:12] | 綿を訪ねて・天竹神社 | トラックバック(0) | コメント(0) |
綿を訪ねて・天竹神社編⑤ 展示物
  資料館には、糸車・綿繰り機など綿にかかわる道具、綿問屋が使っていた帳面、綿で作られた前掛けなどが展示されていました。 

121221展示① 

121221展示② 

  綿というものが、日常生活のなかに「みえていた」と伝わるものでした。

  ありそうでなかったのが、ガラ紡機の展示でした。

  さて、資料館は外にあり、ガラスが光ってなかなか細かい字が読めませんでした。それでも、目を凝らしてみると、ある展示物に目がとまりました。
[2012/12/21 06:56] | 綿を訪ねて・天竹神社 | トラックバック(0) | コメント(0) |
綿を訪ねて・天竹神社編④ 全国に綿問屋・商社
  天竹神社の鳥居や石柱には、全国にある綿問屋や商社の名前が彫られています。 

121220鳥居① 

121220鳥居② 

121220手洗い  

  名古屋・神奈川・富山・広島・福岡・東京…全国の綿業者の方々が、この神社に願をかけていたかが伝わります。それに全国に綿にかかわる問屋・商社があることも驚きました。

さて、神社内を歩いているとある建物をみつけました。『棉資料館』とあります。

121220棉資料館
境内のなかに綿にかかわるものが展示してあります。
[2012/12/20 06:53] | 綿を訪ねて・天竹神社 | トラックバック(0) | コメント(0) |
綿を訪ねて・天竹神社編③ 日本後記・類聚国史
 神社の入口に「御由緒」という石碑がありました。この神社の由来が書かれています。
 
121219由緒 
  • 延暦18年(799年)7月にこの地に崑崙人(こんろん人・今のインドシナ半島あたり)」が漂着した。この崑崙人が壷に綿の種をいれていて、日本に初めて綿の栽培方法を伝えた
  • この崑崙人の古画像が神社にあり棉祖神としてあがめた。綿が入っていた壷は、今も宝壷として神社に保管している。
 どうしてそんな歴史がわかるのか?と疑問に思い調べてみると、崑崙人の漂着は『日本後紀』『類聚国史』に記述されているそうです。昔、日本史で習った平安時代の歴史書の名前に、まさかここで再会するとは不思議な感覚です。
[2012/12/19 06:10] | 綿を訪ねて・天竹神社 | トラックバック(0) | コメント(1) |
綿を訪ねて・天竹神社編② 棉祖神
  「天竹」は「てんじく」と読みます。

  天竹神社は、西尾市天竹町の住宅と田畑が広がるなかにありました。ちびっ子用の公園が目の前にありましたが、駐車場は見当たりませんでした。

  着くと、大きな石碑が目に飛び込みました。「棉祖神・天竹神社」とあります。

121218棉祖神 

  「棉祖神」は、

    わたそじん? めんそしん? 

なんと読むのが正しいのかなぁ。
   少なくとも、棉にかかわる神社であるのは一目瞭然です。(続く)
[2012/12/18 06:16] | 綿を訪ねて・天竹神社 | トラックバック(0) | コメント(0) |
綿を訪ねて・天竹神社編① 日本で唯一
 綿が日本に伝わったのは、平安時代の地元・三河地方と知ったのは最近。
 そのうえ、なんと日本で唯一綿を奉った神社が愛知県西尾市にあるというのも知りました。

 これは一度訪ねてみようと、12月のある日に出かけることにしました。
 西尾市とは、抹茶が有名なところです。神社は「天竹神社」というので、さっそく車を走らせました。とても風の強い日でした。
[2012/12/17 06:59] | 綿を訪ねて・天竹神社 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ガラ紡つながり・京都丹後編⑧ ワクワク
 Iさんは京都丹後に帰られた後も、ガラ紡をめぐって構想を練られ行動されようとしています。今後の展開について私もワクワクしていますし、いろいろお手伝いしたいと思っています。

 と同時に、ブログってすごいな、と感じました。

 Iさんは、私のブログを

  • ガラ紡をタテ糸に様々なテーマをヨコ糸に綴られている
  • 一つのことにこだわり、ご自分のルーツと絡めてとても興味深い

と評してくださいました。

 とても照れてしまいますが、ブログを続けていくエネルギーをいただきました。
[2012/12/16 06:51] | ガラ紡つながり・京都丹後編 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ガラ紡つながり・京都丹後編⑦ 専門でなくても

群界川のガラ紡工場の次は岡崎市内へ。Iさんに『本気布』(まじぎれ)の稲垣さんを紹介したかったからです。

ガラ紡製品化に情熱をもって取り組んでみえる稲垣さんと、絹を生業にしているIさん。私は繊維や機械の専門ではないので、お二人の会話は半分ほどしか理解できませんでした。しかし、楽しく語りあう姿をみて、「つなぐ」という役割を果たせました。

「つなぐ」は漢字で「繋ぐ」と書き「糸」という字が入っています。私の「糸へん」体質を発揮できたのはうれしかったです。
[2012/12/15 06:48] | ガラ紡つながり・京都丹後編 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ガラ紡つながり・京都丹後編⑥ 里山の風景に
 私も以前に工場跡を訪ねました。
http://ogyuubito.blog.fc2.com/tb.php/71-573f4d7c

 あらためて工場跡をみると打綿機やよりこをつくる機械も残っていました。Iさんは熱心に撮影をされていました。

121213跡① 

 群界川沿いもガラ紡が盛んでした。まわりを見渡すとガラ紡工場跡と思われる建物があちこちにあります。

121213跡地②

121213跡地③

121213跡地④ 

ちょうど紅葉が盛りの時期。天気もよくて、Iさんは「心に染み入る風景ですね」としみじみ話されました。

121213風景 

 農業以外で生計をたてるため、この里山ではガラ紡は重要な産業でした。だから、でしょうか。ガラ紡は里山の風景にこそよく合います。
[2012/12/14 06:29] | ガラ紡つながり・京都丹後編 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ガラ紡つながり・京都丹後編⑤ 絹の世界
 Iさんの生業である絹のこともききました。私の全く知らない世界で、驚くことばかりでした。

 絹は繭の糸から紡がれますが、蚕は桑にわずかでも薬が使われると食べないそうです。なので、絹そのものはオーガニックとのこと。しかし、蚕農家は激減し、絹も国内産業として厳しい状況だと知りました。

 絹の世界もいろいろ調べたくなりました。
 
 車中で語り合ううちに、朽ちたガラ紡工場にあとに到着。場所は、豊田と岡崎の境の群界川です。
[2012/12/13 06:44] | ガラ紡つながり・京都丹後編 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ガラ紡つながり・京都丹後編④ 肌に合う布
   11月某日、Iさんと初対面。あいさつもそこそこに、私の車で現地へ向いかいました。車中では、ガラ紡に興味をもったいきさつ、綿の持ち味など、お互い語りあいました。

  なかでも、「そうか」と思ったのは、ガラ紡でつくられた綿のタオル・ふきんの必要性です。

Iさんの娘さんはアトピーがひどいそうです。その肌にあう布は、やさしい風合いが必要です。しかし、流通量は多くないし値段も手ごろではないケースもあります。日常にはなかなかみかけません。 

「一般流通している布の「攻撃性」(大量農薬の使用、児童労働など)から、綿の持つやさしい風合いを守り、必要とする人に渡るようにできたら・・・」

…Iさんの話にとても共感しました。
[2012/12/12 07:11] | ガラ紡つながり・京都丹後編 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ガラ紡つながり・京都丹後編③ 逆の立場になって
私自身、ガラ紡に興味をもって色々な方に話をうかがってきました。みなさん私の訪問を快諾していただきました。まさか逆の立場になるとは…うれしいものですね。なので今回のIさんのガラ紡訪問をお手伝いすることにしました。

ただ、スケジュールの都合で訪問日は11月のある月曜日。あいにく愛知県内の資料館は月曜日休みで、ガラ紡工場を営まれている方々ともご都合があわず…そこで、朽ちたガラ紡工場跡を紹介することにしました。(続く)
[2012/12/11 06:51] | ガラ紡つながり・京都丹後編 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ガラ紡つながり・京都丹後編② やさしい風合いに魅せられて
  Iさんは代々絹織物を営まれていますが、綿の糸にご興味を持たれたとのこと。というのも、丹波には丹波織という伝承の手織り綿織物があり、そちらの織手さんと知り合いになり、手紡・ガラ紡のやさしい風合いに魅了されたのだそうです。そして、ガラ紡を調べるととてもおもしろい糸でますます興味を持たれたとのこと。

  しかし、丹波には絹の産業遺産はあっても綿についてはなく、本場の三河を訪ねたいと私のブログにたどりついたようです。
[2012/12/10 07:17] | ガラ紡つながり・京都丹後編 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ガラ紡つながり・京都丹後編① ブログから
 ブログは、いわば世界中に配信されています。配信した先には、私の想像できないつながりが広がっているのでしょう。キーワードを打ち込むだけ、さまざまなブログやホームページから情報を得られるなんて本当に驚きます。

 さて、私のブログは『ガラ紡』と検索するだけではなかなかヒットしません。それでも、なんとか私のブログにたどりついた方から、まったく予期せぬ問い合わせがありました。

「ガラ紡に関心がある」

京都丹後でちりめんを営まれているIさんです。
[2012/12/09 07:16] | ガラ紡つながり・京都丹後編 | トラックバック(0) | コメント(0) |
大給城址2012秋24 歴史に名もなき農民・兵士
もうひとつ城址を調べながら考えたこと。

 城は、どうしても武将に焦点があたりがちです。最近は武将ブームで愛知でも取り上げられています。
ただ、実際に城を建築したのは、武将から命令された農民たちです。大給城でも戦があったという史実があるので、この城址で命を落とした兵士もいるのでしょう。

大給城は物見岩をはじめ石垣で素敵な景観をほこっています。しかし、ここへ誰がどう運んだのかを想像すると、やはり考えてしまうのです。
 
  • 大給城のあった中世の封建時代には、歴史に名の残っていない多くの農民や兵士がいたこと。
  • 私の祖先もそのひとりで、私が今いること。
  • 城址を通じて武将側だけではない、農民や兵士の歴史のつながりも伝えたい。
 偶然にも今日は、71年前に太平洋戦争が始まった日。
[2012/12/08 06:44] | 大給城址 | トラックバック(0) | コメント(0) |
大給城址2012秋23 城址数は3万?4万?

 大給城址についてしばらく綴ってきました。初めて知る言葉もあり、調べながらの日々でした。

今回、城址について知ったこと 
  

①城址の数は全国に3万とも4万ともあるそうです。その正確な数がわからないぐらいに。
②城址は身近にあること。松平だけでも、大給城・九久平城・岩倉城・松平城・滝脇城…etc資料によっては12城も。
③全国に城好きの方はいらっしゃり、HPなどで発信していること。なので資料は十分ありました。

[2012/12/07 06:44] | 大給城址 | トラックバック(0) | コメント(0) |
大給城址2012秋22 シロヨメナ?
館跡に野草の花が咲いていました。

121206シロヨメナ① 

  里山にはさまざま木々や花々がありますが、私は名前をよく知りません。こちらに住めば、草花や木々が身近になります。今後は草花のハンドブックをもって、いろいろ調べたいものです。

ところで、館跡に咲いていたのは、おそらくシロヨメナです。「おそらく」というのは、インターネットやハンドブックで調べると、同じような花でもノコンギクやシラヤマギクというのもあるのですね。

 今後も里山に咲いている花や木々を紹介していきますが、なにしろ初心者です。間違いは、どうぞコメントなどで指摘してくださいね。
[2012/12/06 06:50] | 大給城址 | トラックバック(0) | コメント(0) |
大給城址2012秋21 館跡と梅園
   主郭とは別に、ここの城主が住んでいたといわれる館跡があります。主郭から石垣を降りていきます。この館跡は梅園になっています。

121205館跡 

121205梅園 

  今年の3月ごろ、私はまだ寒い大給城を歩いていました。山道なので足元を気にしながら歩くのですが、ここで突然白や桃色の花が目の前にばぁっと広がったときは驚きました。こんな奥に梅が咲いているなんて思ってもみず、ふと「桃源郷」という言葉が思い浮かびました(本来の意味は違うのでしょうが)。
[2012/12/05 06:07] | 大給城址 | トラックバック(0) | コメント(0) |
大給城址2012秋⑳ 隠れた名所
今年は10年に1度と呼ばれる紅葉の美しさ。11月いっぱい楽しめました。そろそろ終わりですね。

  この地方は香嵐渓が有名ですし、近くの松平郷も訪れる方も多かったようです。
ところで、大給城も実は「隠れた紅葉の名所」といわれています(多くの方がHPやブログでそう書いています)。「隠れた名所」なのであまり教えたくないですが(笑)、今年撮影した紅葉をピックアップ。(見ごろより少し早かったですが)

121204紅葉① 

121204紅葉② 
121204紅葉③

大給城のふもとに住みはじめたら、ぜひ案内したいです。


[2012/12/04 06:59] | 大給城址 | トラックバック(0) | コメント(0) |
大給城址2012秋⑲ 主郭
次はいよいよ主郭です。ここに本丸があったとされていますが、今は整備されています。

121203主郭

新緑のころ、紅葉のころは、とても気持ちのいい場所です。かつてはキャンプ場だったともききました。秋は、落ち葉やどんぐりがいっぱいです。私も幼いころはここで遊びました。同じように、この城址で子どもたちがかくれんぼや鬼ごっこ、落ち葉風呂をつくったりして遊ぶのを夢みています。
[2012/12/03 06:43] | 大給城址 | トラックバック(0) | コメント(2) |
大給城址2012秋⑱ 物見岩
数々ある岩の一つに「物見岩」があります。この岩も大給城址の特徴のひとつ。丸い巨大な岩が、突き出ています。この岩から、遠く名古屋まで眺められます。

121202物見岩 
物見岩

121202物見岩景色 
物見岩からの景色


 ところで、この岩を私の小さい頃は「肥え流し岩」と呼んでいました。敵が攻めてきたときに、肥え(つまり、糞尿のこと)をここから流したとか。史実にあるのかわかりませんし、うその可能性もありますが、幼いながらに衝撃的で「だから丸いのか」と納得した覚えがあります。
[2012/12/02 08:06] | 大給城址 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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