城址とガラ紡の里山暮らし
愛知県豊田市松平。徳川家のルーツにあたる里山です。その里山に2014年から暮らしはじめた家族のどたばた。松平で祖父が営んできたガラ紡のあれこれ、松平のなかでも大給城址の季節の移ろいを紹介していきます。
【コットンボール】
  ワタの花が盛りを迎えています。今年は休耕田で初挑戦。粘土質のせいか育ちがあまり芳しくありません。例年より背丈は大きくありませんが、8月になってようやく花がちらほらと咲きだしました。

160831ワタの花


 娘が夏休みの宿題で『綿とガラ紡』を作文に書きました。私にいろいろ質問してきましたが、特にコットンボールについて興味津々。

  8月上旬にはまだできず。「まだ、コットンボールはできないの?」と急かされました。

  20日過ぎにコットンボールができました。娘は「これがコットンボール」とまじまじとみていました。

160831コットンボール
 

  ワタがはじくまで、少しかかります。しばらくは涼しげな花を楽しみます。

[2016/08/31 05:25] | 福綿プロジェクト松平2016 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【ワレモコウ】
台風10号が東北地方太平洋岸へ近づいています。東北地方に被害がでないか、とても心配です。

さて、我が家の前にワレモコウが咲いています。漢字では、吾亦紅もしくは吾木香と書きます。

160830ワレモコウ


派手ではない花ですが、なんだかひかれます。

調べてみると、小林一茶が『吾木香さしだして花のつもりかな』と詠んでいます。ワレモコウは上から順番に咲いていきますが、赤紫色はがくなのですね。

[2016/08/30 04:58] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【流しそうめん】
  夏休み最後の土日曜日、娘は友だちの家(同じクラス)のお泊まり会へ。

  私は娘たちの最後の夏を全力で楽しませようと、流しそうめんセットを用意しました。裏の竹林から竹を伐り、割って節をとってできあがり。

160829竹


  器も竹でつくりました。5人の子どもたちは大はしゃぎで大成功。

160829流しそうめん


  この様子を私のFBで紹介したのですが、意外に竹の器が「いいね」というリアクションが多く驚きました。

160829器

 
「我が家でも、流しそうめんをしたい」という方のために、私、出張サービスができるなぁという手ごたえがありました。ご用命の際は、どうぞご連絡くださいね。

  夏休みはあと少し。ツクツクボウシの鳴き声が沁みます。

[2016/08/29 05:29] | | トラックバック(0) | コメント(0) |
【豊田市平和を願う戦争展⑧ 豊田から特攻隊】
  豊田市平和を願う戦争展について書いています。

  今回知ったことのひとつに、「豊田市浄水町伊保原に飛行場があった。神風特攻隊『草薙隊』が編成されて鹿児島へ飛び立った。
片道のみの燃料で63人がなくなった」。

160828特攻隊


  現在は住宅地として開かれている浄水町。当時、滑走路が3本あったそうです。特攻隊の飛行場が豊田にあったことに驚きました。

  鞍ヶ池公園には弾薬庫が30カ所あったという展示もありました。

160828鞍ヶ池


 沖縄の米軍基地や高江で起きていることも展示して、警笛をならしていました。

160828沖縄



 展示会はすでに29回に及ぶとのこと。豊田で戦争を記録し続けてくださる方に敬意を表します。「僕たちの町豊田にも戦争があったんだ」という思いをこめて地元の戦争の事実を調査していると案内文に書かれていましたが。その思いが良く伝わりました。(終わり)

[2016/08/28 06:42] | 戦跡 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【豊田市平和を願う戦争展⑦ トヨタが攻撃された】
 豊田市平和を願う戦争展について書いています。今回は3発目のパンプキン爆弾について。

 投下されたのはトヨタ本社工場でした。米軍はトヨタを「航空機も製造している」と認識して攻撃対象としていたとのこと。

160827パンプキン爆弾トヨタ
 
 当時、トヨタの養成所にお勤めで、爆撃の着弾の瞬間を目撃した教官の証言が紹介されていました。

  • 8月14日に朝礼で「今日はトヨタに空襲がある。しかるべき対処をするように」と田中少尉から指示された。
  • 11時半ごろに生徒を誘導して退避させ、B29飛襲来に備えた。やがて、B29が飛来した。トヨタ自動車の工場にボンという音がして命中した。
  • 落下場所は、本社工場にある鋳物工場。ちょうど爆弾が破裂する状態をみていたが、ちょうど映画をみるような見事な典型な爆弾破裂で、破砕物と爆弾の噴煙が上空に高く舞い上がりました。とうとうトヨタもやられたなぁと思った。
  • 当時は1万人以上の従業員がいましたが、犠牲者は一人も出なかった。、


 現在のトヨタ本社工場ができたのは1937年9月。当時豊田喜一郎氏が竣工式の祝辞で次のように述べているそうです。

「自動車は軍事行動に必要、真に軍の足たり、自動車は和戦の武器、われらの事業は国命なり、自動車は国の武器なり、武器を作る任務は重い」(戦争展のパンフレットより)

 トヨタは、戦争が始まるとトラックの生産をはじめて、飛行機も製造しています。戦況が厳しくなり人員不足・資源不足なると、当時の朝鮮から人を集めてきたという記録もあるようです。

 
 パンプキン爆弾投下翌日に終戦。トヨタが壊滅的な打撃をうける前でした。それは「トヨタにとっては幸運だった」と証言した教官も述べています。

 豊田英二氏は「米軍のスケジュールによれば、1週間後、すなわち8月21日に豊田市に爆弾を落とし、焼き払う計画だった」と回顧されています。

 戦時中、トヨタは戦争のための自動車を生産していましたが、幸いにも米軍からの攻撃は壊滅的にならずに済みました。戦争がおわって71年たち、トヨタはグローバルな企業となりました。

 残念ながら、世界では戦争が続いています。トヨタ車に乗って戦闘行動をしている紛争地の写真をみると悲しくなります。

 軍事用トラックをトヨタは生産をしているときいています。私はトヨタには平和のための車をつくってほしい。戦争に寄与するような車はつくらないでほしい。

 そして、戦闘用の車が必要のない世界をつくるのは、私たち市民の平和の願う気持ちとアクションであると、第3発目のパンプキン爆弾の資料をみて決意をあらたにしました。

[2016/08/27 09:11] | 戦跡 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【豊田市平和を願う戦争展⑥ 2発目のパンプキン爆弾】
 豊田市平和を願う戦争展について書いています。今回は2発目のパンプキン爆弾について。

 展示によれば、落下したのは、今町という矢作川と巴川が合流するあたり。トヨタ本社工場がねらわれたものの目標から外れて落下。広く破片がちらばり、渡合町という集落は地区の半数にあたる12件が全焼したそうです、

160826パンプキン2発目

 当時の証言をいくつか紹介します。

  • 村では火の手があっちでもこっちでもあがった。村には男衆は戦争や徴用に行っていなかった。火消しにがんばったのは、挺身隊や朝鮮の人たち。村にはたくさんの朝鮮人家族が住んでいた。「今村は大火事にならなかったのは、朝鮮の人が頑張ってくれたから」と感謝していた。

  • 爆弾の破片が広範にとんできて家々に突き刺さった。やがてあちこちで火災が発生。男では私以外になく、なすすべなく、目の前で丹精込めた飼育していた蚕はじめ全財産がむなしく焼けてしまった。その思いは言葉で表現できない。これが戦争というのもの実態なのか。

 展示では、パンプキン爆弾の破片の実物が展示されていました。

160826現物

 落下地点は松平からも遠くありません。通勤時によくとおる場所でもあります。一度訪ねようと思います。

[2016/08/26 06:11] | 戦跡 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【豊田市平和を願う戦争展⑤ パンプキン爆弾①】
  豊田市平和を願う戦争展について書いています。

  豊田といえば、終戦日前日の1945年8月14日に落とされた模擬原子爆弾パンプキンです。3発がトヨタ自動車をめがけて落とされました。展示会でもパンプキン爆弾について詳細を展示しています。

160825パンプキン爆弾①

  私は、豊田に落ちたパンプキン爆弾について詳しく知りたいと思っていました、ここでも詳しく展示について紹介していきます。

 パンプキン爆弾について紹介すると。

 1945年8月9日、長崎に投下された原子爆弾ファットマンと同じ形をしている爆弾。核物質をつんでいないため、投下しても核爆発は起きません。アメリカ軍が爆弾の軌道や特性を調べ、パイロットの爆弾投下の練習として日本全国に落とされました。

 丸い形状とオレンジ色に着色されていたことから「パンプキン爆弾」とよばれています。1945年7月20日から8月14日にかけて、30都市に49発が投下された。全国で死者400人、負傷者1200人をこす被害を出しています。

 長い間、この事実が一般に知られることはなかったが、1991年に愛知県の「春日井の戦争を記録する会」がアメリカ文書を調べ、パンプキン爆弾の詳しい内容がわかるようになり、8月14日は豊田だけでなく春日井市でも落下しています。

 豊田市には落とされた時間と場所は以下の通り。

1発目:午後2時53分 明和町2丁目(旧前山社宅南)
2発目:午後2時58分 今町矢作川左岸
3発目:午後3時1分  トヨタ本社工場

 1発目のパンプキン爆弾はクレーターができるほどの被害だったようです。直径19.8メートル。深さ7.5メートルということですから、相当な大きさです。

 2発目、3発目については次回。

[2016/08/25 06:30] | 戦跡 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【豊田市平和を願う戦争展④ B29の里】
 豊田市平和を願う戦争展について書いています。

 松平の戦跡として紹介されているのは、B29墜落跡地。松平地区の坂上町にあります。私も訪ねたことがありますが、松平でも人里離れた山の中にあります。

160824B29の里


 戦争展での説明文を紹介すると

1945年1月3日にB29の編隊の1機が日本軍の戦闘機に体当たりされ、松平村(現豊田市坂上町)に墜落しました。」B29の搭乗員の10名は死亡、パラシュートで降下の1名は捕虜となりました。地元の人々により10名が荼毘にふされ、後に「B29の里」として保存活動がされています。墜落場所には「B29友好碑」が建てられています。

 さらに詳細をここにも記しておきます。

  • B29のLeading Lady号が豊田市上空に飛来。
  • 小牧基地所属陸軍の第55代田実中尉の戦闘機「飛燕」が体当たり。
  • 戦闘員は1人がパラシュートで脱出。10人が死去。
  • 代田中尉もパラシュートで脱出するが、翌日死去。
  • 地元のそだめ地区のみなさんが残骸の整理や搬出にあたる。
  • 遺体は地元の集落の火葬場へ。薪が不足して、灯火管制もしかれて苦労した。遺骨は岡崎士中町の共同墓地へ。戦後は、祖国の遺族が引き取りに。
  • 地元民の気持ちは「憎い米兵と教えられてはいたが、遠い異国の地で死んだ人への鎮魂の思い」だった。その思いの延長で、「太平洋戦争・B29墜落地」の看板を地元の有志が設置。
  • 阿部智昭さんが中心になって「戦争とはどういうものであったか。豊田にもこんな戦争の爪跡がある」ということを伝えるために、「B29の里」として整備。毎年、梅の頃に「B29の里梅祭り」をひらいて、死者を弔い、平和への願いを確認している。


 説明文では「地元の人たちの、地道な、啓蒙的・先進的な活動は敬意に値します。豊田市にあった戦争の遺跡」をこうしたかたちで遺活動を、他の地域まで広がっていくことをねがってやみません」と結んでいます。

 私も同感です。松平にある戦争の爪あとをこのように遺してくださることは、とても価値のあることです。(続く)

[2016/08/24 06:04] | 戦跡 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【豊田市平和を願う戦争展③ 20代の若者が】
 豊田市平和を願う戦争展について書いています。

 展示では松平でなくなった195人の犠牲者がどこでなくなったかを一覧にしています。それによると、

160822展示③


1932~36年 2
1937年 5
1938年 4
1939年 3
1940年 2
1941年 5
1942年 7
1943年 11
1944年 75
1945年 77
1946年 12
1947年 2
不明  1

 合計数は195人ではなく、206人となりますが、多くは1944年1945年に集中し、1946年以降亡くなった方も少なくありません。

 また、戦争で犠牲者となった場所の一覧も展示されていました。

160822展示④


 中国(満州含む) 48人
 フィリピン 41人
 マリアナ諸島 18人
 ニューギニア 9人
 ビルマ  7人
 シベリア 5人

 上記以外にも太平洋各地で犠牲となっていることがわかります。

 この表を見て、我が家の代々の墓がある墓地へ、同じ墓地には、戦争で犠牲となられた方は5人いらっしゃいます。あらためて墓碑をみてみました。

・昭和12年(1937年)8月21日に 徐州の戦争で手りゅう弾が左大腿にあたり亡くなる(30才)

・昭和18年4月に入隊して6月に中国へ。昭和19年1月6日に病院で戦病死。23歳

・昭和19年2月に満州へ飛行隊として派遣。昭和21年2月5日ソ連のウランデ地区の収容所で病死。23歳。

・昭和14年5月入隊。香港攻略に参加。昭和16年12月19日戦死。24歳

・昭和20年5月中国の戦争に参加。5月15日に戦病死。20歳

 今でも静かな松平大給の里でも、戦争の爪あとが残っていました。20歳代前半に亡くなった方が4人。シベリアに抑留されていた方もいたと知り、胸が痛みました。

 私の20歳代前半は学生で、仕事を始めたばかりで希望にあふれていました。若者が戦争でなくなると知り、なんといえない感情がこみあげます。(続く)


[2016/08/23 06:16] | 戦跡 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【豊田市平和を願う戦争展② 195人の戦没者】
 松平について展示されているのは、2つでした。

 ひとつは松平地区(当時は松平村)の戦争の犠牲者について。

 もうひとつは、松平地区の戦争跡地「B29墜落跡地」の紹介です。
 
 まずは、松平村の戦争犠牲者についてこちらでも紹介します。

 当時の松平村の人口は6274人(1940年・昭和15。現在は10564人)。573人が戦争へ徴兵されました。195人(日清日露含む)の方が亡くなっています。

 展示では、町別に戦没者の人数が記録されています。こちらにも一覧を紹介します。(展示の合計数が空いませんが、他の資料にもとづき人数一覧で紹介します。

160822展示②



幸海町 8
松平志賀町 6
九久平町 24
桂野町 7
滝脇町 7
林添町 14
鍋田町 10
石楠町 2 (展示では8となっていますが、他の資料では2)
坂上町 24
穂積町 9
岩倉町 24
中垣内町 4
加茂川町 5
長沢町 7
大内町 12
王滝町 7
豊松町 14
松平町 9
不明  2

 私の住む大内町から12人が徴兵されましたが、その一人は私の祖父の弟です。私の住む大給でも徴兵されているときいており、墓が残っています。

 会ったことがない祖父の弟と、数字ではありますが対面した気持ちになります(続く)

[2016/08/22 09:55] | 戦跡 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【豊田市平和を願う戦争展① 松平地区を特集】
 豊田に住む前から、毎年この時期に気になっていた展示会があります。『豊田市平和を願う戦争展』です。

  気になる理由は、毎年こちらの戦争展では、豊田市の地域を選び、その地域の戦跡や戦争の記録を掘り起こしているから。このような地道な記録こそが、戦争を身近に感じさせる手法として大事だと私は思っています。

  なんと今年調べてくださった地域が松平地区。

  例年なら仕事の都合で見学できませんが、今年は都合をつけて朝一番に会場の豊田産業文化センターへ。すでに会場には多くの方が見学にきており、中京テレビが取材していました。

160821戦争展


 しばらく、戦争展の様子を書いていきます。

[2016/08/21 08:02] | 戦跡 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【4頭のウリ坊】
  今度は4頭です。また我が家の前にある仕掛けにウリ坊がつかまりました。

160820ウリ坊 

 朝からとてもにぎやかで、一生懸命仕掛けから顔を出して、我先に逃げようとしていました。なかには体当たりをして仕掛けを壊そうとするウリ坊も。かわいらしい動きです。

  撮影した1時間後に猟師さんがきました。ウリ坊のうめき声がきこえて、思わず耳をふさいでしまいました。

  まだ大きなイノシシがこのあたりにいることはわかっています。イノシシがこちらまで降りてこない里山づくりをしたいものです。

[2016/08/20 06:12] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【カラスウリの花】
  里山の夜は、マムシとイノシシに会うので外に出歩くことはありません。でも、昨夜は月あかりにひかれて外に出てみました。

  目的は、カラスウリの花をみるため。夏の夜に咲き、朝になるとしぼんでしまうため、あまりみられません。

  先日、たまたま咲いている場所を知ったので昨夜みにいきました。

  レースのような花びらで、とても不思議な花です。昨夜のような月明かりのなかでみると、なんだか背筋がゾクッとします。

160819カラスウリ


  花言葉は「男嫌い」。なるほど、なのですぐ近くで咲いていたのに、めったにみられなかったのですね。

[2016/08/19 05:34] | 季節2016 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【九州大分へ⑥ お客様はマジで神様です】
 九州大分での夏休みを綴っていますが、今回が最後。

 行きのフェリーで面白いポスターを見かけました。「今の別府にとって、お客様は(まじで)神様です」。熊本地震以降、別府では観光客が激減。それを逆手にうまくアピールしています。

160818ポスター


  もうひとつ、別府市制作のCM、地元のみなさんがいろいろなバージョンでユニークに登場して「別府に来て」とアピール。これがとても面白い。

  さらに、「シンフロ」といって、シンクロナイドスイミングを温泉で行って別府をアピールするCMもみました。
 
  本当はとてもつらい状況を、このようなユーモアでアピールする姿勢にとても共感しました。なので、応援をかねて別府温泉・鉄輪温泉へ。フェリー乗船前に家族風呂に入りました。とても素敵な温泉でした。

160818家族風呂


 少しだけ温泉街をぶらり。比較的観光客がいるようにみえました。途中、喫茶店で氷を食べました。女将さんに「CMをみて別府に観光にきました。お客様は戻ってきましたか?」と質問。すると「全然です。昨年のGWはこの通りも車で渋滞になるほどだったのに、今はガラガラです」。

  そうか、私たちはマジで神様なのだと感じました。

  別府で少し買い物をして、フェリーで大阪へ。今回の旅は妹夫婦のはからないに感謝です。

 まだ暑い日が続いており、気持ちも体調も切り替えるのは楽ではありません。ただ、今回の旅が娘にとっても楽しさが深く刻み込まれたことでしょう。

[2016/08/18 05:50] | 出先から | トラックバック(0) | コメント(0) |
【九州大分へ⑤ 温泉】
 九州大分で過ごした夏休みの様子を綴っています。

 久住の保養地で朝をゆっくり過ごした後、昼からは由布院の保養地へ。由布岳が美しくみえました。

160817由布岳


ここでも妹家族のスペイン料理のおもてなしをうけました。とってもおいしくて、幸せでした。ワインもおいしい。

160817スペイン料理


子どもたちは由布院でも花火やトランプをして過ごしていました。

時間があったので、私は由布院の街へ。観光客がいっぱいで、それもハングル語をよくききました。韓国からの観光客がとても多いのでしょう。観光地の様相が以前よりだいぶ異なってきました。
 
 久住でも由布院でも、そしてこのあと紹介する別府でも、湯けむりがみえました。保養地はすべて源泉かけ流し。「日本一の温泉県」というのぼりをよくみましたが、大分県の豊富な温泉はとてもうらやましいです。(続く)

[2016/08/17 05:59] | 出先から | トラックバック(0) | コメント(0) |
【九州大分へ④ 松ぼっくり】
  九州大分で過ごした夏休みの様子を綴っています。

  久住の保養地で、妹家族と待ち合わせ。我が家とあわせて8人家族の大所帯です。

  久住は九州でも有数の高原で、別荘などが立ち並ぶリゾート地です。ここで、妹家族が準備してくださった、絶品の料理を楽しみました。

160816料理



  娘は従姉妹とお風呂(源泉かけながし)に長く入ったり、夜は花火をしたり、私も羽をのばしました。

  さて、保育園年長のいとこが夢中になったのは、松ぼっくり拾い。

160816松ぼっくり


  たくさん拾った松ぼっくりを水洗いしたところ、閉じてしまいました。「松ぼっくりは水に濡れると閉じる」という法則が面白いようで、すべての松ぼっくりを濡らして楽しんでいました。

160816とじる


  こんな素朴な時間が、とても居心地の良いものでした。

[2016/08/16 12:56] | 出先から | トラックバック(0) | コメント(0) |
【九州大分へ③ ガンジー牧場】
久住へ向かう途中、昼食休憩に立ち寄ったのが、ガンジー牧場。フェリーで相部屋になった大分の方に、久住のおすすめをうかがったところ「ガンジー牧場のソフトクリームがおいしい。それもヨーグルトかけが絶品」。

旅の醍醐味というのは、このような縁。まずガンジー牧場のソフトヨーグルトが目的になりました。

ガンジーといっても、インドのガンジーとは違います。イギリス南部にガンジー島という島があり、そこで育った乳牛がとてもよい乳を出すので、輸入がされたそうです。さっそく到着すると、とても多くの観光客がいました。

さっそくソフトヨーグルトをいただくと、「うまい」。とても気に入りました。もし、フェリーで相部屋になった方から教えられていなければ、味わうことはなかったでしょう。

160815ソフトヨーグルト


さて、ガンジー牧場の入口で水兵の帽子をかぶったおじさんが駐車場案内をしていました。とても大きな声でした。こちらの名物おじさんでしょうか。なぜか、とてもひかれました。

 そばにいくと、おじさんが「今日はたくさんの方がきてくれている」というつぶやきを私は聞き逃しませんでした。
「いつもは少ないのですか?」ときくと、「地震のときはガラガラで、ようやくお客さんが戻ってきてくれた」。

160815ガンジー②


ハッとしました。

水兵帽子のおじさん、熊本地震の時から相当ご苦労があったのでしょうね。だから、これほどのお客さんがきてくれて、それが体から喜びあふれていたのですね。

この大分の旅は、地元の皆さんを励ます役目もあると思いました。

フェリーで同室なったご家族には感謝し、ガンジー牧場の水兵帽子のおじさんには励ましを送ります。

[2016/08/15 07:01] | 出先から | トラックバック(0) | コメント(0) |
【九州大分へ② ラムネ温泉】
フェリーが別府に到着して、久住高原へ向かいました。

途中、長湯温泉という温泉街に偶然立ち寄りました。「大分長湯温泉 源泉かけ流し」宣言とかげており、どうもラムネ温泉という変わった名前の浴場があるようです。朝風呂に入るためいくと、朝10時オープンですでに行列ができていました。

 ラムネ温泉は、文字通りラムネのように炭酸泉とよばれて、ぶくぶくと泡が出ています。とっても気持ちいい。

160814ラムネ


源泉かけ流しですから、せっけんやシャンプーもいらず、とてもシンプルな浴場でした。

 ラムネ温泉、私はとても気に入りました。おすすめです。

[2016/08/14 06:14] | 出先から | トラックバック(0) | コメント(0) |
【九州大分へ① ペルセウス流星群】
ただいまフェリー乗船中。九州大分の別府にむけ大阪南港から昨夜出港しました。私のパートナーの姉妹家族と2泊3日遊びます。どこに行くのか、現時点でよくきいてはいないのですが、ゆっくり過ごします。

160813フェリー

さて、船上で楽しみにしていたひとつは、ペルセウス座流星群。まさに8月12日深夜から13日にかけて見頃というのです。

日頃は山に囲まれているので、谷間からの天体ショーは限界があります。

今回は、天気は一点の曇りもない晴れやかな夜空。それもフェリーなら全方位が水平線までみられます。

夜中、フェリーの屋上デッキからみると、星が一面またたいています。フェリーの光を少し手でさえぎってぼんやりみていると、さらに星が見えてきます。1時間あまりみると、流れ星がヒュッーと横切りました。およそ5つみられました。

これから始まる九州の旅は、幸先が良いです。

[2016/08/13 07:34] | 出先から | トラックバック(0) | コメント(0) |
【井上陽水『少年時代』に重ねて】
 娘の夏休みは後半へ。平日は放課後児童クラブに通い、土日は友だちと遊んでいます。夏休みの宿題は日誌・漢字・計算は終え、あとは習字・作文・工作という大物のみ。今のところ順調です。

さて、私は娘には「夏らしい夏」を過ごしてもらいたい。この夏も、友だちと川遊び・花火・スイカ割り・流しそうめんなどをしています。

娘と夏遊びをしていると、私自身の少年時代の記憶がむくむくむくと蘇ります。

そして、なんだか切なくなるのです。この気持ちを、井上陽水さんの名曲『少年時代』に重ねわせています。

夏が過ぎ 風あざみ
誰のあこがれにさまよう
青空に残された 私の心は夏模様

夢が覚め 夜の中
永い冬が窓を閉じて
呼びかけたままで
夢はつまり 想い出のあとさき

夏まつり 宵かがり
胸のたかなりにあわせて
八月は夢花火 私の心は夏模様

目が覚めて 夢のあと
長い影が夜にのびて 
星屑の空へ
夢はつまり 想い出のあとさき

夏が過ぎ 風あざみ
誰のあこがれにさまよう
八月は夢花火 私の心は夏模様


「八月は夢花火」「想い出のあとさき」。大人になって、しばらく忘れていた私自身の「少年時代」。私に刻み込まれている夏のわくわく感を、娘と過ごすことで蘇らせています。

 そして、井上陽水さんの『少年時代』に重ね合わせると、一層切なさに深みが出ます。

 今日から、娘と九州に出かけます。夏をしてきます。

[2016/08/12 05:39] | | トラックバック(0) | コメント(0) |
【ウリ坊】
  最近は、松平でもイノシシ被害がひどく、野菜を育てているみなさんは頭を悩ませています。

  今朝も大きなうめき声がして「また、イノシシが畑を襲っているな」とうつらうつらしていました。どうも仕掛けにかかったようでした。

  声の大きさから、どんな大きなイノシシがつかまったか想像していたら、ウリ坊でした。

160811ウリ坊


  さて、どうしてイノシシの子どもを「ウリ坊」というのか。それは、子どものイノシシは、シマシマ模様の姿形がシマウリに似ているから。

  この後のウリ坊の運命には心痛めますが、イノシシがつかまるたびに「里山を整備して、イノシシと人間があまり出会わないように緩衝地帯を増やしたい」という思いを強くします。

[2016/08/11 05:59] | 暮らし2016 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【ハグロトンボ】
 この季節、トンボがあちこちで飛んでいます。

 8月になってよくみかけるのは「ハグロトンボ」です。私がよくみるのは、羽から胴体まで真っ黒で、これは雌です。胴体が緑色なのは雄とのこと。

160810ハグロトンボ


 オニヤンマのようなトンボは羽を閉じずに開いてとまるのですが、ハグロトンボはとまると羽をとじます。しばらくすると、1・2回開きます。

 あまり勢いよく飛ばずに、ゆったりと飛ぶハグロトンボ。目立ちはしませんが、夏を感じる生きもののひとつです。

[2016/08/10 06:11] | 季節2016 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【五平餅づくり】
 今日は長崎原爆忌。リオ・オリンピックの酔狂に隠れないよう、長崎市長の平和宣言をきいていきます。

 私の自治区に小さな子ども会があります。夏休み恒例行事は五平餅づくり。町内の五平餅屋さん「滝川ふれあい工房」をお借りしています。

 五平餅は、この地方のソウルフード。豊田産のミネアサヒを木型に入れて、串(この地方では、ホセと呼んでます)を置き、楕円型に形を整えます。

160809五平餅

160809五平餅②

160809五平餅③


 滝川ふれあい工房の五平餅は、薬草「アマドコロ」が入っています。アマドコロは工房でも育てています。私は初めてアマドコロをみました。

160809みそ

160809アマドコロ


 調べてみると、ツリガネ上の白い花が春に咲きます。確かに私もみたことはありますが、アマドコロという薬草とは知りませんでした。

 五平餅を楽しんで、ゆったり過ごす時間は私も居心地がよいです。

160809五平餅⑤
[2016/08/09 05:57] | 季節2016 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【大給城の掃除】
 豊田松平にある大給城址(おぎゅうじょうし)。ロッククライミングや山城愛好家、里山歩きグループなど、全国から訪ねてきます。

 最近はテレビや新聞に取り上げられ、もはや「隠れスポット」と呼べなくなりました。ただ、真夏はヤブ蚊やブヨに襲われるため、訪ねる方はめったにおりません。

 大給城址は、私たちの自治区が整備や掃除をしています。先日はその整備の日。朝早くから熊手などをもって集合。

160808大給


 私は倒れている木をチェーンソーで伐って、道を確保する担当です。

160808倒木


 この倒木は、我が家の冬の薪になります。

160808薪


 今から冬支度とは、まるでイソップ童話の『アリとキリギリス』の気持ち。エネルギーの地産地消です。

[2016/08/08 06:58] | 大給城址 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【巴川金魚花火】
  昨夜は、豊田松平の『巴川金魚花火』。決して派手ではありませんが、地元色たっぷりです 。

  舞台では娘の同級生のフラダンスをみて応援し、歩けば知っている方々とよく会いました。

  打ち上げ花火は、打ち上げから真上で炸裂するところまで見られ、迫力がありました。松平の手筒花火や、川面を流れる金魚花火も風流でした。

160807花火


  娘は同級生と一緒に楽しそうに花火をみてました。

  移住したばかりの2年前は顔見知りもおらず、アウェイ感ばかりの花火大会。娘が寂しそうに花火をみており、心を痛めていました。しかし、今年の娘は友だちと一緒でテンション高く、とっても満足していました。

  そろそろ娘は、花火大会は友だちと楽しみたいお年頃になってきました。成長を喜びつつも、あと何年一緒に花火を見るのだろうかと、ちょっぴり寂しくもなっちゃいました。

[2016/08/07 09:36] | 松平の紹介 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【緑綿の花】
71年目のヒロシマを迎えました。原爆も戦争もない平和な世界があってこそスポーツを楽しめます。

 ヒロシマとナガサキが、リオ・オリンピック開会式の酔狂のかげに隠されないように。

 さて、ガラ紡工場跡地に今年は緑綿を育てています。ようやく花が咲きました。

160806緑綿


初めて知りましたが、緑綿の花は赤紫色をおびているのですね。綿の花といえばクリーム色でとても涼しげですが、緑色の違った味わいをみつけました。

今年は休耕田に綿を育てましたが、あまり育ちがよくありません。土づくりからやり直しですね。

[2016/08/06 08:01] | 福綿プロジェクト松平2016 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【里山夏遊び④ おいでん花火】
 保育園時代の子どもたちが遊びにきた7月31日は、豊田のおいでん花火開催日でもありました。さすがに子どもたちは川遊びで疲れ、花火前に名古屋へ帰りました。

 さて、これまでおいでん花火は仕事と重なっており、娘と最後までみたことがありません。今年は娘と楽しみたいと、東海環状道路の鞍ヶ池PAへ出かけました。

 鞍ヶ池PAは高台から花火を楽しめます。人気の場所で早くから規制がされるので、花火開始2時間前に到着。娘と他愛のない話をして打ち上げを待ちました。

 この待つ時間がとてもいいものですね。

 花火はすぐ間近で打ち上げられたわけではありませんが、充分楽しめました。

160805花火


 そろそろ娘は友だちと祭を楽しむ年頃になってきました。娘や保育園時代の友だちの成長を喜びつつも、どこか寂しくも感じた一日でした。

[2016/08/05 05:53] | 遊び | トラックバック(0) | コメント(0) |
【里山夏遊び③ 王滝渓谷】
  暑さで体にだるさを覚えています。早くも夏バテ気味です。

  さて、里山夏遊びについて綴っています。

  おなかを満たした子どもたちを王滝渓谷へ連れていきました。ここは川遊びの穴場ですが、すでに駐車場はいっぱい。子どもたちは水着に着替えて遊びました。

160804王滝


  親も子どもたちの様子を楽しく眺めつつ、ゆったりと過ごしました。

  天然ウォータースライダーや深いところでちゃぷちゃぷ、石を積んだりして思い思いに楽しみました。

  滝川ふれあい工房でいただいたスイカを割って、ワイルドに食べました。

160804スイカ




 こんな川遊びが、子どもたちに夏の思い出として深く刻み込まれるのでしょう。

[2016/08/04 07:20] | 遊び | トラックバック(0) | コメント(0) |
【里山夏遊び② 滝川ふれあい工房】
 夕方に豪雨が続いています。雷が響きますね。このような降り方に怖さを覚えています。

 さて、里山の夏遊びについて綴っています。流しそうめんのあとは、滝川ふれあい工房へ。ここで、五平餅やかき氷を楽しみました。

 私の自治区に住むKさんが主催していて、いろいろよくしてくださいます。

 土日と水曜日のみ営業の穴場。ファンも多くて、私たちが遊んでいる間にも次から次へとお客さんがやってきます。

 子どもたちも舌に色をつけてかき氷を楽しみました。

160803かきごおり


(続く)

[2016/08/03 05:28] | 遊び | トラックバック(0) | コメント(0) |
【里山夏遊び① 流しそうめん】
  夏の里山と言えば、川遊び、流しそうめん、花火大会。小学生の子をもつ親としては「夏の里山遊びを楽しませたい」と思うもの。

  そこで、先日の日曜日に娘の保育園時代のお友だちを松平へご招待。季節ごとに里山遊びを企画しています。今回は6家族18人が集まりました。

  たまたま松平郷の『流しそうめん祭』と日程があいました。なので、今回のテーマは『流しそうめん&王滝渓谷川遊び』。

160802幕


  松平郷の流しそうめんは、長さ120メートルにおよびます。私は5年前に初めて参加。いつも仕事と重なることが多いのですが、久しぶりに流しそうめんを楽しみました。

160802そうめん②


 流しそうめん祭のすばらしさは、地元の「ふるさとづくり委員会」のみなさんが主催していること。里山の楽しさをこのように維持してくださって、うれしいです。

 しばらく、子どもたちの夏遊びの様子を綴ります。

[2016/08/02 05:34] | 遊び | トラックバック(0) | コメント(0) |
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