城址とガラ紡の里山暮らし
愛知県豊田市松平。徳川家のルーツにあたる里山です。その里山に2014年から暮らしはじめた家族のどたばた。松平で祖父が営んできたガラ紡のあれこれ、松平のなかでも大給城址の季節の移ろいを紹介していきます。
【「里山暮らし」「世直し暮らし」の型がみえる】
 2016年の暮れです。今年も多くのつながりが生まれて感謝感謝です。

豊森なりわい塾の『衣』講座についてつづっていますが、2016年最後のブログは、今年1年を振り返ります。

①ミニガラ紡機の購入
・4月にガラ紡機を購入し、本格的にガラ紡を着手。お披露目会も行う。

②休耕田でワタ栽培開始
・しかし、イノシシ被害の洗礼を受ける。

③豊森なりわい塾でギャザリング幹事
・期をこえたつながりが広がり強まり、ガラ紡糸の縁が広がる。

④カエル谷で生きもの遊びを企画
・7月に企画し成功。毎年恒例にしたい。4月の総会では大給城散策とガイドを務める。

⑤PTA副会長に選ばれる
・学校、親、地域とのつながりが広がる。

⑥里山遊びがまた増える
・ドラム缶風呂遊びとスウェーデントーチづくりを今年はじめておこなう。子どもたちと楽しく遊ぶ技が、また増える。

⑦職場で一人増。責任がいっそう強まる。
・私のマネジメントがさらに試されることになる。職場・労働組合・生協に対する責任の質的転換と継承が課題に。

⑧機関紙宣伝学校で講師
・これまでの機関紙づくり人生で始めて。機関紙ジャーナリストの道をさらに自覚する。

⑨45歳の誕生日にガラ紡展示会を松本でみる。
・45歳の誕生日はずっと節目にしようと考えていた。ガラ紡の展示会では祖父母はじめ100年営んできた家業の価値を知る。

⑩貧困をいっそう身近に
・社会にも職場にも貧困が広がっている。貧困問題を私の立場でどう解決へ動きだすか、つきつけられる。
・アベ政治を変えないと社会の展望がみえない。「戦争できる」国と貧困が結びつく怖さ、社会的弱者へのバッシングの恐れを感じる。

  40歳から準備してきた「里山暮らし」と、なりわいとしての「世直し暮らし」が、型となってみえてきました。これが2016年の私の収穫です。

 それではみなさん。良いお年をお迎えください。

[2016/12/31 06:51] | 節目に | トラックバック(0) | コメント(0) |
【豊森なりわい塾『布の話』⑨ 糸を売って縄を買う】
 豊森なりわい塾での『衣』講座で学んだ、ワタにまつわる歴史上の人物について紹介しています。

 9人目は、私は「みたことはあるが…」という程度。アメリカ第37代大統領リチャード・ニクソンです。1970年前後の日米繊維交渉時の大統領です。

161230ニクソン

  • 日本の安価な綿製品を輸入が増えたため、アメリカが規制を要求。背景には、アメリカ国内の政争があった。
  • 1960年(昭和35年)の大統領選挙では、民主党ケネディと、共和党ニクソンが大接戦を演じる。繊維産業が強いアメリカ南部諸州の票を獲得できるかが、大きな勝負どころ。1968年の大統領選挙で、共和党のニクソン候補は南部の繊維産業の支持を得るため、繊維製品の輸入の制限を公約。翌年ニクソンが大統領に就任すると日本に自主規制を迫る。
  • 経済的利害関係のほかにも、沖縄返還という重大な政治課題があったといわれている。米国政府は沖縄を日本に返還する代わりに、日本政府に米国の主張する繊維規制に同意することを求めた。
  • このニクソン政権の戦略は、日本側の事情で極秘扱いにされた。まさに「糸を売って縄を買う」という状況だった。


 歴史をひもとくと、木材・オレンジ・牛肉などの自由化で日本国内では産業としては残念ながら衰退していきました。日本の農産業が衰退した原因をさぐっていくと、米国の思惑が大きいことがわかります。ワタも同様ですね。

[2016/12/30 06:40] | 豊森なりわい塾 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【豊森なりわい塾『布の話』⑧ 日本でのワタの広がり】
 豊森なりわい塾での『衣』講座で学んだ、ワタにまつわる歴史上の人物について紹介しています。今回は、4人を一気に紹介。

 5人目は、名前はついていません。崑崙人(今のマレー、インドシナ半島)の肖像画です。

161229崑崙人


 ワタは799年に三河湾に流れ着いた、この崑崙人が初めて日本に伝えたとされています。このときのワタは気候に合わずに姿を消しました。

 この肖像画は、崑崙人が流れ着いた愛知県西尾市の天竹神社にあります。天竹神社には棉祖神(めんそしん)としてワタの神が祀られています。

 日本にワタが広まったのは、15世紀末の室町時代にに中国や朝鮮から伝わり、戦国時代に栽培がうまくいきます。その後は、一気にワタが製品として広まります。

 6人目は、ガンジーです。これはインドの独立の父ですね。今回は説明を省きます。

161229ガンジー


 7人目は、大久保利通です。大久保利通は明治時代初期の日本の礎を築いた人物。「殖産興業」を目指し、その中心に紡績業を掲げました。そして、第1回内国勧業博覧会を1877年に開きます。

161229大久保利通


 この博覧会で、ガラ紡が金賞をとるこになります。

 8人目は、ガラ紡を発明した臥雲辰致です。

161229臥雲辰致



平安から明治の歴史がとても身近になります。(続く)

[2016/12/29 06:19] | 豊森なりわい塾 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【豊森なりわい塾『布の話』⑦ 世界文明とワタ】
  豊森なりわい塾での『衣』講座について。ワタにまつわる歴史上の人物を紹介しています。

 4人目の写真。これも有名ですね。アレキサンドリア大王です。

161228アレキサンダー大王


 世界文明の中で身につける繊維を見渡してみると、わた・コットンを衣類として使っていた文明は「インダス文明」。次いで古くから綿が栽培されたのはアラビアで、ヨーロッパに綿の種子が伝えられたのはアレキサンドリア大王の東征(紀元前327年)によってであると考えらています。

 そして、海のシルクロードや陸のシルクロードによって様々な種類のわたが世界中に伝わって行ったのですね。
 
 紀元前からつづくワタの歴史。ロマンを感じます。

[2016/12/28 05:58] | 豊森なりわい塾 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【豊森なりわい塾『布の話』⑥ 黒船来航とワタ】
 マイコプラズマ肺炎はだいぶ落ち着きました。咳もほぼとまりました。

  途中まで綴っていた、豊森なりわい塾での『衣の話』講座について。ワタにまつわる歴史上の人物を紹介しています。

  3人目の写真。これは有名ですね。黒船来航のペリー提督です。

161227ペリー


 なぜ、ペリーとワタが関係するのか。
 
  ペリーが来航したのは、1853年。当時はアメリカ北部では綿製品の工業生産が盛んになり、その輸出相手として注目されていたのが中国(当時の清国)でした。

  アメリカは中国へ向かう蒸気船の石炭補給基地が必要でした。そこで日本に開国を迫ったというわけです。

  今まで、ペリーの黒船来航は歴史上の出来事として覚えていただけですが、ワタとの関係を知ると、とても身近になりますね。

[2016/12/27 06:52] | 豊森なりわい塾 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【クリスマスなのに】
 マイコプラズマ肺炎のため、ほとんど一日寝ていたクリスマス。娘には悪いことをしました。

天気が良かったので本当は畑仕事をしたかったのですが、残念です。いまだに咳がとまりません。腹筋もいたくなりました。

年末の、もっともすべきことが多いときにこんな体になってしまい、悔しいです。
 
パートナーが「元気になって」とクリスマスにチキンを薪ストーブで焼いてくれました。

161226チキン


職場にも迷惑をかけてしまい申し訳ない。今日も一日治すように努めます。

[2016/12/26 05:56] | 暮らし2016 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【マイコプラズマ肺炎の疑い】
 豊森なりわい塾での講座に綴っている途中ですが、実は体調を崩しました。

クリスマスなのに、咳がひどい。微熱も発生。頭痛がする。

 「風邪にしては、いつもよりつらいなぁ」と近くの病院へ。

 診察の結果、「マイコプラズマ肺炎の疑い」と診断されました。なんとも、恐ろしい名前の病気です。

 インターネットで調べてみると、

  • マイコプラズマという菌が肺に感染しておこる病気です。しつこい咳と、頑固な発熱が特徴ですが、肺炎という名の割には、聴診器で呼吸音を聞いても異常がなく、外見だけではわかりにくい肺炎です。
  • 潜伏期間は2~3週間と長い。周囲にマイコプラズマにかかった人がいたら、しばらくはご用心
  • しつこい咳と頑固な発熱が特徴で、全身倦怠感見られますが、あまり重症になることはありません。
  • 高熱が続く時はもちろんお休みしますが、解熱して1~2日たてば登校して良いと思います。ただし、しつこい咳が続きますので、激しい運動は少し控えた方がよいと思います。
 職場の上司が、マイコプラズマ肺炎と診断されました。もしかして上司からうつったかもしれません。いずれにしても、年末の病気はつらいです。せっかくのクリスマスなのに。今日は養生します。
[2016/12/25 08:04] | 暮らし2016 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【豊森なりわい塾『布の話』⑤ 『風と共に去りぬ』】
 豊森なりわい塾での『衣の話』講座について、つづっています。

 ワタにまつわる歴史上の人物を紹介しています。2人目の写真。私はわかりませんでした。

161224スカーレットオハラ 


 映画『風と共に去りぬ』で主演のスカーレット・オハラを演じたヴィヴィアン・リーです。オハラ家はアメリカ南部の大規模な綿農場を営んでいます。

  • 1936年6月に出版されたマーガレット・ミッチェル原作の『風と共に去りぬ』が世界的ベストセラー。1939年に映画化されて空前の大ヒット。
  • 綿花栽培の大地主の令嬢スカーレット・オハラが、南北戦争に翻弄(ほんろう)されながら、レット・バトラーとの愛と愛する土地タラを守りながら力強く生き抜く姿を描く。

 有名な映画とはいえ、私はみたことがありません。南北戦争やワタ農場を描いているとは知りませんでした。上映時間は4時間近く。当時の綿農家の様子を知るためにも、一度きちんとみてみたいものです。

[2016/12/24 07:25] | 豊森なりわい塾 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【豊森なりわい塾『布の話』④ 奴隷解放の歴史】
   豊森なりわい塾での『衣の話』講座について、つづっています。

  稲垣さんから9人の人物写真が配布されました。9人の人物写真、みなさん、わかりますか? どれも、ワタやガラ紡に関係する方々です。ちょっとした歴史の勉強です。

161223人物


  私の勉強のために、しばらくこれらの人物を左上から右に紹介していきます。

①エイブラハム・リンカーン大統領(第16代アメリカ大統領)

  • アメリカ南部は、黒人奴隷制のもと綿花プランテーションを中心とした農業地域。
  • リンカーンは、1860年の大統領選挙で奴隷制度拡大反対を掲げて当選。南部諸州の反発が強まり連邦離脱を決定。翌年、リンカーンが大統領に就任するが、離脱を認めずに南北戦争へ。
  • 1862年9月に、リンカーン大統領は奴隷解放宣言の予備宣言を出して南部諸州に対して黒人奴隷解放を迫る。1965年に北部が勝利して終了。両軍併せて61万8千人、北軍36万人、南軍25万8千人の戦死者を出す。
 かつて、ワタは黒人奴隷制のもとで営まれていたこと。そして、南北戦争という多大な犠牲のうえで奴隷制が解放されたこと。奴隷解放の尽力をつくしたのがリンカーン大統領であったこと。

 ワタには奴隷解放の歴史がつまっていることを学びました(続く)

[2016/12/23 07:37] | 豊森なりわい塾 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【豊森なりわい塾『布の話』③ ワタの歴史】
 昨夜は柚子湯を楽しみました。冬至を過ぎましたが、まだ年末気分ではありません。なんだか、やり残した宿題が多い気分です。
 
 さて、豊森なりわい塾での『衣の話』講座について、つづっています。次に綿の話。

 塾生に配ったのは、ワタのドライフラワーです。見事に綿がはじけています。綿を塾生が一つずつとって「収穫」しました。

161222ドライフラワー


 柔らかくふわふわしており、種が真ん中にあって取りにくいことを知ってもらいました。
 
そして、ワタの歴史を稲垣さんから。

  • 日本で最初に伝わった綿は三河湾。インドシナから漂流した青年が種をもっていた。しかし、気候にあわず広がらなかったようだ。
  • 日本にふたたび伝わったのは、15世紀末。中国や朝鮮からはいり、戦国時代の終わりにワタ栽培が成功。全国に広がる。江戸時代には綿は着られるようになる。

 そこで、ひとつの疑問。「ワタが伝わる前に日本人は何を着ていたのか?」。

 今まで考えたこともありません。

 稲垣さんによれば、麻などの植物の繊維を身につけていたようです。また勉強になりました。(続く)

[2016/12/22 05:52] | 豊森なりわい塾 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【豊森なりわい塾『布の話』② ワタの素材を活かして】
 豊森なりわい塾での『衣の話』講座について、つづっています。

稲垣さんからは、まずガラ紡の歴史について解説。そして、西洋紡績糸とガラ紡糸の違いを実際に感じてもらうため、ガラ紡の布切れ端を塾生に配りました。

塾生が身につけている服はすべて西洋紡績糸です。服とガラ紡布を比べてみると、
 
・ガラ紡糸は、「太い」「不均一」「撚りが甘い」「切れやすい」

・西洋紡績糸は、「細い」「よりが強い」「均一」「丈夫できれにくい」

 そして、稲垣さんから「ガラ紡布をほぐしてみましょう」。塾生がガラ紡布をほぐしました。

  すると、綿に戻っていきます。

161221ガラ紡糸  


これは私も大きな発見。ガラ紡糸は、ワタのふわふわで柔らかな温かさを活かした糸なのですね。(続く)


[2016/12/21 05:49] | 豊森なりわい塾 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【豊森なりわい塾『布の話』① 助手へ】
 豊森なりわい塾は現在、6期生が勉強をしています。12月講座は「布の話」。講師は本気布の稲垣さん。

 その講座に事務局から助手の依頼がありました。

 ガラ紡への思いを育んだ豊森なりわい塾で、入塾のきっかけとなった稲垣さんのお手伝いができるなんて、夢のよう。喜んで引き受けました。


161220講座


 当日は25名ほどの塾生が参加しました。私は稲垣さんのお話をきくのは3回目になります。話をきくたびにあらたな発見があります。しばらく、稲垣さんの講座と豊森なりわい塾の楽しかった一日を綴っていきます。(続く)

[2016/12/20 06:05] | 豊森なりわい塾 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【『ワタが世界を変える』⑥ 技術編】
 田畑健著『ワタが世界を変える』についてつづっています。

 この本には、ワタの育て方と糸の紡ぎ方、布の織り方について解説されています。勉強になります。

 現在、私が土づくりがいちばんの関心ごと。本では次のように書かれています。

  • ワタは実とり作物なので、窒素(牛糞など)が多いと茎葉ばかりが大きく育って、実が結ばない。石灰や鶏糞がよい。
  • リン酸(骨粉・糠)が多く入っていると良い実がつく。

 現在、私は薪ストーブの木灰を畑にまいています。落ち葉のたい肥もつくっています。葉ものの野菜と、実を育てる作物では肥料が異なることも初めて知りました。

 ワタについて書かれた本を何冊か読んできましたが、大変くわしく勉強になります。来年は、たくさんのワタをつくってドライフラワーをつくり、いろいろ活用できるようにしたいと考えています。

 良い本にであいました。

[2016/12/19 06:25] | 本・映画 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【『ワタが世界を変える』⑤ 暮らしの豊かさ】
田畑健著『ワタが世界を変える』についてつづっています。エピローグでは「みんなが豊かに生きるには」と提起がされています。

  • 物質的に豊かになれば人は豊かになれるという神話や幻想は、現在も一般社会を支配している。資本主義も社会主義も生産力の向上をめざした。しかし、生産力があがっても豊かになるのは一部の人間。生産手段を握る人間に富が手中する。社会主義は生産手段が公的に所有・管理されるが、そこに権力が集中するので結局は一部の人間だけが豊かになる。
  • 日本は物があふれ、何でも安く買うことができるが、それは豊かな社会か? 人間らしく幸せに暮らしている?
  • 真に豊かな暮らしとは、誰も搾取されず、誰もが衣食住の心配をせずに安心して暮らせることが前提。
  • すべて自給自足でまかなうことは無理でも、衣食住にかかわる生活必需品について一人ひとりが生産手段を一つでも二つでももっていること、資本家や為政者に生産管理についてすべて委ねてしまわないこと。
  • 自分や家族が生きるためのものを自分の手でつくりだすとき、働くことは喜び。日々の暮らしは大切な愛情のこもったものとなり、人は幸せになれる。
  • 近代機械文明から自分の手に取り戻すこと。

  あらためて「豊かさとは何か」を考えます。

  一人暮らしや都会暮らしのとき、休みの過ごし方は「浪費型」でした。ショッピングセンターへいって、時間をもてあましていました。しかし、満たされませんでした。

  里山暮らしの休日は、ほとんどお金がかかりません。出かけることはありません。なぜなら、作業が多いです。その作業も暮らしに直結するもの。生きる手ごたえを感じます。

  都会から遊びにくる家族が里山で過ごす時間が楽しいといいます。「のんびり」できるだけでありません。自然の営みや「自分でつくったものを自分で食べる」という、「人として生きる基本的な営み」が手ごたえとして感じるからなのですね。

[2016/12/18 07:38] | 本・映画 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【『ワタが世界を変える』④ ガンジーのチャルカ思想】
田畑健著『ワタが世界を変える』についてつづっています。「3章 ワタで世界を変えた」では、ガンジーのチャルカ思想と実践について書かれています。

  • ガンジーはインド独立の父。近代化した機械の存在を「人類にとって多大な富をたらすと思われている大型機械が、不幸をもたらしている」。
  • イギリスによるインド支配がすすみ、直接統治下におかれる。インドの手織りの伝統は姿を消す。ガンジーは。自分たちの生活に必要なものは自分でまかなうことを基本に、国産品愛用運動(スワデシ)を展開、その運動のシンボルに、インドの伝統産業を象徴するチャルカを据えた。「イギリス製の服を買うのをやめて、自ら糸を紡いで布を織ろう」と呼びかける。
  • 紡績機械を所有するのはほんの一部の資本家。チャルカは人びとが各家庭で必要とする糸を必要なだけ紡げば、少なくとも自国民の必要は十分満たせる。機会に使われ支配されるのではなく、誰もが機械の主人公。貧困をもたらす機械ではなく、生活を豊かにし、労働を楽しい喜びにする機械.。
  • 生産そのものに民衆が主体的に関わることこそが真の独立。
  • 「自然の恵みを利用して、自分の手足を正しく使って、自分で得る」という暮らしを基本に生きていくことで、インドの人びとは何物にも支配されない自由、永続的な豊かさを手にや入れることができる。武器や暴力は必要ない。
  • しかしガンジーのチャルカ思想は、残念ながらインドでは広く理解されない。近代化のなみに飲み込まれていたインド社会では流れに逆行するものと受け取られる。
  • 近代文明社会の末期をいきる私たちにとってガンジーのチャルカ思想は明日の生き方を具体的に考えていくうえで大きな意味を持っている。

 今は極度な格差社会です。そのなかで不安に生きて、もやもや生きている人々が多くいます。東日本大震災で、私たちが生きていく術を身につけていないことも知りました。

 そんなもやもやのなか、「自分の手で生きる営み」をみにつける必要性と、単に労働力を売る生き方ではだめだということもはっきりしました。

 ガンジーのように機械を拒否することはまだできませんが、少なくとも自分の手で生きる営みができような時間と空間とつながりと、最低限のお金が必要です。

 私の「世直し暮らし」はそのための社会づくりですし、里山暮らしでは「自分の暮らしを自分でまかなうこと」の実践だと思いました。

[2016/12/17 06:59] | 本・映画 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【ガラ紡布と棉のタペストリー】
  田畑健著『ワタが世界を変える』についてつづっていますが、閑話休題。

  うれしいことがありました。豊森ギャザリングでの幹事なかまHさんから、「棉木とガラ紡布の依頼がありました。ガラ紡生地を使ってフラワーアレンジでコラボをしたいとのこと。

  Hさんのフラワーアレンジメントを先日の豊森ギャザリングではじめてみましたが、一つひとつにPOPがあり、物語が綴られていてすばらしかったのです。
 
  で、渡ししたガラ紡と棉でタペストリーをつくったとのことで写真が送られてきました。

161216タペストリー


  わぉ~。

  今年はワタ畑がイノシシ被害にあって、あまり実がはじきませんでした。そのなかでも耐えてくれたワタたちです。とても輝いてみえます。それにガラ紡布の、素朴なあたたかさが伝わります。

  口幅ったいことをいうようですが、「ワタとガラ紡っていいなぁ」と。これからの可能性を感じました。

[2016/12/16 06:28] | 福綿プロジェクト松平2016 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【『ワタが世界を変える』③ 産業革命がもたらしたもの】
   田畑健著『ワタが世界を変える』についてつづっています。「2章 ワタが世界を変えた」では、イギリスの産業革命について問い直しています。

  • イギリスの産業革命のさきがけは綿織物の道具の発明。綿工業を中心に産業革命は展開して、やがて重工業段階に移行する。そして、世界の構造変更をもたらす。
  • 産業革命で、綿が世界構造を変える決定的要因は二つある。ひとつは「衣」を得る手段・方法の機械化だった。「衣」は生活に不可欠だが手間暇がかかる。それが簡単に便利に得られるようになったことが画期的。近代化の始まりは繊維産業であることは日本も同じ。
  • もう一つは原材料がワタであったこと。イギリスでは寒冷で綿が育たず、羊毛がほとんど。羊毛の利用は寒冷地に限られるが、綿は世界中のどの気候にも通用する。なので外国と貿易する必要がある。
  • 「原料を国外から得ること」「国外に市場をつくって売ること」の二つの側面は、イギリス一国では成り立たない。大量な原綿は、奴隷制によるプランテーションの大規模綿花栽培に支えられる。西インド諸島からアメリカ南部が供給源であった。黒人差別のルーツにもなる。
  • 一方、綿織物を売る必要がある。その市場は中国やインドであった。しかし、インドは綿織物の発祥の地であり、優れた手工業の伝統がある。そこでイギリスはインドの職人を殺すほどインドの綿工業を絶滅させた。
  • 今日の経済格差、貧困、飢餓、環境問題、戦争など、現代社会が抱える諸矛盾は産業革命にその根がある。まさにワタが世界を変えてしまった


 この記述を読み、大学の授業「日本産業経済史」を思いだしました。そのときのテーマは『日本の近代資本主義の始まり』。教授が「近代の日本産業のスタートは繊維産業である」と力説していたのです。

  しかし、私が学生の頃、繊維業界は斜陽産業でした。なぜ繊維が近代資本主義の始まりだったのか疑問でした。

  その質問に教授は次のように答えました。

  「衣服が人間にとって必要なものだから」。

 当たり前といえば当たり前ですが、大きな発見でした。あらためてワタについて深めていくと、「布」が人間にとってもつ意味を学びました(続く)

[2016/12/15 06:30] | 本・映画 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【『ワタが世界を変える』③ 衣の地産地消・身土不二】
  田畑健著『ワタが世界を変える』についてつづっています。「1章 ワタの話」では、日本のワタと衣の現状について書かれています。

  • 食の自給率低下や輸入食品の問題について取り上げられるのに、衣に関して問題にも話題にもならないのは不思議。
  • 衣食住のうち、食と住は人間にも動物にも共通する。衣は人間だけ。衣は、その人の考え、行動、地位をあらわす。その人の生き方が込められている。
  • 布も身土不二を。特に和綿がアメリカ面よりも栽培は適している。世界の90パーセント以上がアメリカ綿。和綿は少し太めの糸になる。
  • ワタを生産しなくなった日本人は、自分たちにあった衣服の原料を放棄して安いワタを買ってくる。ワタの生産国も自分たちの伝統的な衣服があるにもかかわらず、安く買える日本人の着古したジャージを着て、おしゃれ着としている。生産国消費国が表裏一体となって自らの文化伝統を捨て去っている。衣の現実に現代社会の基本的な矛盾をみる。

 私自身の生活も、着ている服は外国産です。国産を探すのが難しい。

 私は生協につとめており地産地消や産地提携をなりわいにしていますが、食に限られています。生協で扱う衣服は、ほとんど外国製(とくに中国)です。

 なぜ糸や布の地産地消や身土不二が語られないのかという指摘には、目から鱗が落ちます。糸や布の地産地消を、この松平からすすめていきたいです。

[2016/12/14 06:27] | 本・映画 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【『ワタが世界を変える』② なんのための労働か】
 『ワタが世界を変える』の「はじめに」は田畑さんが労働運動に疑問をもちはじめたことが書かれています。

  • 労働条件が改善されれば人間らしい生活になるのか。人間らしい暮らしは、人手を省いて効率をあげるような仕事とは別のところにあるのでは?
  • 前の時代だったら、百姓という仕事が当たり前だった。働くことが生きることで、賃金と引き換えに働く労働とは全く違う.。私の願いは百姓のように働いて生きること。
  • 衣食住という人間生活のベースを自分たちの手に取り戻そう。


 以上の決意をして、田畑さんはワタと出会って田舎暮らしをはじめたとのこと。

 貧困が日常になる中、1日12時間近く毎日働くなかまがいます。そんな働き方では、「自分の暮らしを豊かにする」とは程遠い。

 まして、都会は「消費する=お金で買う」暮らしであり、自分の手で生きる力を貧しくさせます。そのため疎外感=もやもやを生み出します。

 私は労働運動の末端を担っています。私が労働運動をするのは、世の中一人ひとりに「安心できる賃金と時間と社会」を取り戻し、疎外感をなくして「一人ひとりにとっての人間らしい暮らし」を営んでもらうこと。

 そして、私にとっての「人間らしい暮らし」は「城址とガラ紡の里山暮らし」だなぁ、とあらためて考えました。(続く)

[2016/12/13 06:45] | 本・映画 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【『ワタが世界を変える』① 題名にひかれて】
 題名にひかれた購入した本を一気に読み通しました。田畑健著『ワタが世界を変える 衣の自給について考えよう』地湧社です。

161212ワタが世界を変える

 帯には、次のように書かれています。

 
今日の経済格差の問題は、ワタの歴史を追っていくとすべて分かる。食糧の自給だけでなく、衣の自給について考えることで、いのちの経済に目覚めよう。

 著者の田畑健さんは、千葉県鴨川市で和棉農園を開きました。ガンジーの「チャルカの思想」に出会い、衣を通して生き方全体を考えるようになった、と紹介されています。2013年に亡くなっています。

 私がガラ紡をすすめる上で、基本的な思想を深めようと思っていました。そんな折に、「出会うべくして出会った本」です。

 田畑さんの著書をもとに、ワタの歴史、ガンジーの思想、今後の社会のあり方を、しばらくこのブログで深めていきます。(続く)

[2016/12/12 08:52] | 本・映画 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【赤い実にひかれる理由】
 里山散歩をしていると、マンリョウをみつけました。葉の下に赤い実が熟しています。

161211万両


 これまでの初冬の里山散歩で、万両・千両・十両をみつけました。なんだか幸せです。残る百両と一両をみつけたいものです。

 それにしても、なぜ赤い実にひかれるのでしょう。寒空のグレーや枯れ木が並ぶ季節に、赤がひときわ輝いています。

 今、私の気持ちは晴れやかではありません。貧困が身近になっていますが、私たちのなかまにもいます。その悩みや不安を受けとめる機会が続いています。

 私のなかで救いを求めたくなる気持ちが生まれています。

 今の政治を私たちの力で変えていかなければ解決できないのですが、困難さにもがく然としています。

 そんな感情が赤い実と重なるのでしょうか。

[2016/12/11 07:10] | 季節2016 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【日曜討論をききながら】
  休日の過ごし方は、季節によって異なります。春は畑づくり、夏は草刈り、秋は薪づくり、冬は糸紡ぎです。

  先日は、チェーンソーで玉切りをしたり、細い枝を折ったりしていました。

161210薪づくり


  このとき聴いていたのは、NHKラジオの『日曜討論』。TPP・年金法案・カジノ法案と与党の強硬姿勢に腹がたっていますが、番組での与党の発言にムカムカします。こんな感情でチェーンソーを使うのはとても危険ですね。

 私の里山暮らしは、けしてユートピアではありません。社会の矛盾にも向き合う営みです。世直しにつながる里山暮らしをどう実現するのか、薪づくりをしながら悶々と考えています。

[2016/12/10 05:17] | 暮らし2016 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【センリョウ】
 赤い実の季節ですね。ご近所の庭では、センリョウが見頃になっています。

161209センリョウ


 気づけば、今年も残り20日あまり。年末年始の準備を急き立てられる気分です。

 最近仕事でめげることが多く、組織の責任者として自分の力量のなさに申し訳ない気持ちがいっぱい。

 そんなおり、「たたかいに勝つのはただひとつ。あきらめないこと」という言葉をききました。

 私の場合、たたかう相手は弱気な自分です。弱気な自分とのたたかいにふるえながら、深呼吸をして今日も一歩を踏み出します。

 あきらめない。あきらめない。まず一歩。

[2016/12/09 05:43] | 季節2016 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【棉のドライフラワーができる】
  棉で試していることがあります。「根元から切って置いたままにしても、コットンボールは開くのか」。

  11月上旬になっても、多くのコットンボールがとじたまま。開く気配もありませんでした。秋になると畑の日当たりが悪くなるからか、とも考えました。

  そこで、棉を根元から切り、太陽のあたる場所にしばらくおきました。

161108コットンボール


  開くのかはじくのか、それともそのまま枯れるのか。

  1ヶ月後、写真のとおり開きだしたのです。驚きました。

161208棉


  これで棉のドライフラワーもつくれます。来年以降の参考にします。

[2016/12/08 06:11] | 福綿プロジェクト松平2016 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【落ち葉集め】
 今日は二十四節気で小雪。七十二候で「閉塞成冬」(そらさむくふゆとなる)。冬になると重苦しい空が広がります。でも、私はそんな冬らしい空も好きです。たき火がとても心地よいから。火のある暮らしに感謝です。

さて、今年は土づくりに挑戦しています。落ち葉による腐葉土づくりを始めました。

 松平大給の里には、広葉樹の落ち葉がいっぱいです。パートナーと2人で軽トラックに落ち葉を載せ、それを畑に積みました。

161207落ち葉


 とりあえず、ブルーシートをかぶせておきましたが、これに米ぬかをまく予定です。

161207積む


初めての試み。どんな腐葉土になるか、楽しみです。

[2016/12/07 06:00] | 季節2016 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【もみ殻のくんたん焼き】
 この冬は「土づくり」をいたします。

 今年、休耕田で綿を育てましたが、やはり泥ではいまいち。そこで、二つのことに挑戦します。

 ひとつとは、もみ殻のくんたん焼き。もうひとつは落ち葉による腐葉土づくりです。

 先日は、もみ殻のくんたん焼きをしました。娘と友だちにたき火をしてもらい、その上にもみ殻をまきました。

161206もみ殻


 今回はお試しで量はわずか。翌日も煙が出る様子はとてものんびりしていて、里山の風景にあうなぁと思いました。

161206くんたん焼き①


 くんたん焼きが難しいのは、灰にならないようにすること。今回量が少なかったため、灰が多くてたくさんのくんたんにはなりませんでした。

161206くんたん焼き②



 大量のもみで行う必要があるとわかりました。

[2016/12/06 05:50] | 暮らし2016 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【冬いちご】
 豊田松平の大給の里は、紅葉から初冬へ。冬いちごが光るように実っています。

 一粒一粒が光っていて、ありきたりな言い方ですが宝石のようです。

161205冬イチゴ


 娘と私は、ひとつずつつまんでパクリ。甘酸っぱくて、美味しくて、ジャムづくりをしたくなるほど。

 恥ずかしながら、冬にいちごが実ると知ったのは、里山暮らしをはじめてから。初冬の里山散歩での楽しみが、またひとつ増えました。

[2016/12/05 05:18] | 季節2016 | トラックバック(0) | コメント(0) |
【ガラ紡糸 初のご注文】
  豊森ギャザリングでガラ紡を展示していたときのこと。私の紡いだガラ紡糸。なんと「欲しい」といってくださる塾生がいらっしゃいました。

  大変ドギマギしております。

  まだまだ修行中であり、精進が必要な身です。 「ムラ」のある糸が特徴とはいえ、「ムラすぎるだろう」と自分で自分を突っ込みながら紡いだ糸です。まして初めて紡いだ糸を注文いただくとは驚いています。

161204ガラ紡


  これも縁だと思い、娘に協力してもらって、さっそくガラ紡糸をかせにしました。

161204かさ

161204ガラ紡糸


  恥ずかしながら、値段をいくらにするかも考えていませんでした。

  今後のガラ紡の展開に自分でもどうなるか、楽しみでもありますが、いざ注文いただくと、責任を感じます。

[2016/12/04 06:22] | がらんぼう | トラックバック(0) | コメント(0) |
【大給城マラソン大会】
  今日は娘の小学校でマラソン大会。歴史と伝統のある大会で、その名も『大給城マラソン大会』。私の母が小学生のときから開催されていますから、小学校にとっても、PTAにとっても、地域にとっても恒例の一大行事。

  PTAでは豚汁をふるまうために、前日から野菜準備。その野菜も地元のみなさんに提供いただきました。野菜高騰のおりに、大変ありがたいことです。

  PTAでは子どもたちの伴走や交通安全などのボランティアをします。実に30人以上の親による協力で成り立つ大会なのです。

  私は今回初めて伴走を担当いたしました。運動不足解消とメタボ対策もかねて、11月からこっそりと早朝練習を積み重ねておりました。とはいえ、一番の目標はケガをせず完走すること。今回はなんとかクリアしました。

161204マラソン


  娘も時々朝練をしました。苦手なマラソンでしたが、完走できました。

  マラソンコース沿道には地域や親の見学と声援がいっぱい。マラソンにかける地域の意気込みが伝わります。

161203沿道


  じ~んとしたのは、子どもたちの声援。マラソンが苦手な児童もいましたが、校庭に入るとなかまたちが大きな声援で迎えてくれました。

  マラソン大会後はお楽しみの豚汁。次から次へとおかわりのお椀をもって子どもたちがきました。「いただきます」「おいしかったです」「おかわり、お願いします」「ごちそうさまでした」としっかりあいさつする子どもたちに感心してしまいました。

161203豚汁


  あと父母教師会(PTA)のみなさんや先生方といろんな作業をしながら仲良くなるのも良いものです。

  朝は雨降りでしたがスタートする頃は天気がもって、気持ちの良いマラソン大会となりました。

[2016/12/03 06:34] | | トラックバック(0) | コメント(0) |
【第2回豊森ギャザリング2016④ 幹事の持ち味発揮】
  豊森ギャザリングについて書いています。

  今回のギャザリングが成功したのは、各期の祖塾生による幹事と事務局の成果ですね。4期のSさん中心に呼びかけがされ、3期には私に声がかかりました。9月から2週間に1回月曜日夜に打ち合わせをしてきました。

  面白かったのはそれぞれの幹事の持ち味が発揮されたこと。

  Sさんが幹事会の場所をいつもおいしい場所を選んでくださり、とても毎回楽しみでした。

  Hさんの資料づくりには毎回驚きましたし、当日の1部司会のSさんTさんも持ち味が出ていました。

  2部司会の現役塾生、SさんMさんの司会も楽しく良かったです。Sさんは幹事用のクラフトをつくってくださり、参加者から評判が良かったですね。

161202幹事


 この幹事をとりまとめていた事務局のNさんSさんに感謝。準備段階から期をこえてすすめることで、より豊森のなりわいとつながりが豊かになると思いました。

 幹事のみなさん、事務局のみなさん、参加した塾生のみなさん、お疲れさまでした。

[2016/12/02 06:30] | 豊森なりわい塾 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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