城址とガラ紡の里山暮らし
愛知県豊田市松平。徳川家のルーツにあたる里山です。その里山に2014年から暮らしはじめた家族のどたばた。松平で祖父が営んできたガラ紡のあれこれ、松平のなかでも大給城址の季節の移ろいを紹介していきます。
依佐美米軍基地の跡地は
 戦争法案審議や沖縄・辺野古など、「米軍と一緒に戦争する国にさせない」という声が高まっています。そんな緊迫のなかで平和行進が愛知県入り。6月3日には刈谷市内を歩きました。

 こんな情勢だからこそ「刈谷はかつて米核戦略の要の基地だった」と紹介します。

 刈谷市・依佐美(よさみ)には、かつて高さ250メートルの8本の赤白模様の鉄塔がありました。「依佐美送信所」と呼ばれています。世界最大級の無線通信施設が戦前の1929年に建設されました。太平洋戦争で真珠湾攻撃命令「ニイタカヤマノボレ」を発信したそうです。

150603鉄塔

150603パノラマ

 戦後はGHQから解体命令が出されましたが米海軍が接収し「依佐美米軍基地」となりました。原子力潜水艦に指令電波を送る「米核戦略の要」となりました。

150603看板


 しかし、1993年に送信そのものが停止されました。「使用していない基地は1年以内に返還しなければならない」という日米地位協定に基づき日本に返還されました。1997年には8本の鉄塔は解体されました。

 依佐美基地の跡は、「フローラルガーデンよさみ」として市民の憩いの場に生まれ変わり、休日には子ども連れの家族でいっぱいになります。

150603ガーデン

 その隣には「依佐美送信所記念館」が建ち、「産業遺産」として通信機器は展示されています。

150603記念館

150603鉄塔跡


 沖縄・辺野古はじめ米軍基地撤去を求める世論とは逆に、米軍は大きな壁のように立ち、日本も米軍を「思いやって」います。しかし、依佐美では米軍基地が市民へ返還され、跡地に花が咲き子どもたちが元気よく遊ぶ公園になりました。

 フローラルガーデンにくると、核兵器も基地も武器もなくなり、基地の跡地に花が咲く時代はくる、そんな思いにさせられます。

 ただ、このような時代になるまでには悲しい事件もありました。それは明日紹介します。

[2015/06/04 06:35] | 戦跡 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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