城址とガラ紡の里山暮らし
愛知県豊田市松平。徳川家のルーツにあたる里山です。その里山に2014年から暮らしはじめた家族のどたばた。松平で祖父が営んできたガラ紡のあれこれ、松平のなかでも大給城址の季節の移ろいを紹介していきます。
【南島原へ⑦ 火山はすぐ隣に】
長崎・島原の帰省の様子を綴っています。

長崎・島原半島にある雲仙普賢岳。大規模噴火は1991年6月。もう24年になるのですね。

150821普賢岳

私にとって物心ついた時の大規模自然災害は、雲仙普賢岳の噴火でした。当時は大学1回生です。火砕流で巻き込まれた報道関係者ら43人のことを知ったときは衝撃でした。

 今回の帰省でも雲仙普賢岳の被災地や資料館を訪ねました。火砕流で被災した大野木場小学校や、埋まった家屋へ。

150821大野木場小学校

150821家屋


 帰省のたびに被災地を訪ねますが、そのたびにあらたな発見をします。

 今回気づいたのは、雲仙普賢岳の災害は5年にも及んでいたのですね。

 どうしても注目されるのは1991年6月の大規模噴火です。しかし、1990年11月から1996年5月の終息宣言まで約2000日。その間には、家が流された方や農地を奪われた方もいるわけですね。その間に、被災された方々は仮設住宅で住まわれていました。阪神大震災・東日本大震災をはじめとする自然災害の光景と重なります。

 おりしも、桜島の噴火がいわれています。御嶽山の噴火で亡くなった方もいます。

 雲仙普賢岳の噴火は1991年以前には約200年前の江戸時代にありました。自然の時間軸は人間の感覚とは大きく異なるものですが、もはや火山の噴火は私たちの身近にある時代になったのです。

 火山の前では人間は小さいものなのです。だからこそ、桜島近くの川内原発の再稼働などはやってはいけないのです。(続く)

[2015/08/21 05:48] | 長崎・島原から | トラックバック(0) | コメント(0) |
<<【南島原へ⑧ まんじゅうと煮つけ】 | ホーム | 【南島原へ⑥ 母校の閉校】>>
コメント
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバック URL
http://ogyuubito.blog.fc2.com/tb.php/1114-b94659ab
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |
プロフィール

おぎゅうびと

Author:おぎゅうびと
FC2ブログへようこそ!

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR