城址とガラ紡の里山暮らし
愛知県豊田市松平。徳川家のルーツにあたる里山です。その里山に2014年から暮らしはじめた家族のどたばた。松平で祖父が営んできたガラ紡のあれこれ、松平のなかでも大給城址の季節の移ろいを紹介していきます。
【ガラ紡技術をカンボジアへ】
たまたま火曜日夕方NHK名古屋ラジオ『夕刊ゴジらじ』という番組をきいていました。終了間際アナウンサーが「明日は、ガラ紡技術をカンボジアへ、を特集してお届けします」。「ガラ紡? カンボジア? そんな話題があるの?」と疑問に思って調べると、ありました。

 5月17日付毎日新聞夕刊で取り上げられていました。

160610ガラ紡カンボジアへ


 全文引用します。(毎日新聞デジタル版より)

支援の絆紡ぐ、復活「ガラ紡」 80代職人ら、愛知・三河の技術をカンボジアに

愛知県三河地方で発展し、かつて日本の繊維産業を支えた和式紡績機「ガラ紡」の職人たちが、貧困に苦しむカンボジアの人たちを支援しようと立ち上がった。雇用創出のプロジェクトに協力、来月にも現地に赴き技術を伝える。


 ガラ紡は明治時代に長野県の臥雲(がうん)辰致(たっち)(1842〜1900年)が考案し、三河地方を中心に普及した。稼働の際「ガラガラ」と大きな音がするのが名前の由来だ。当時、愛知県の木綿の生産量は全国一を誇った。しかし、戦後は大規模な洋式紡績機に押されて衰退した。

 今は廃れたこの技術に目をつけたのが、地雷が多数埋まるカンボジア・バタンバン州のNGOで支援活動を続ける神奈川県出身の古澤敦さん(46)。農家が育てた綿花を相場より高値で買い取り現地で商品化、販売する計画で、大きな設備を必要とせず環境にも優しいガラ紡が最適だと考えた。しかし現在、日本でガラ紡はほとんど使われていない。そこで3年前、ガラ紡の経験者で愛知県豊橋市の織物工場経営、芳賀正人さん(68)に協力を求めた。すると芳賀さんをはじめ仲間の60代から80代の職人ら5人が賛同。新たに図面を引いてガラ紡を製作し、現地の人たちが作れるよう、組み立て工具一式も集めて今年3月、現地に送った。

 職人たちは6月にも渡航し、現地で技術指導にあたる予定だ。芳賀さんは「ガラ紡が復活し、カンボジアの雇用に役立てば私たちもうれしい」と話す。

 古澤さんは「機械の作り方や綿の扱い方など本来企業秘密の部分も教えていただいている。ぜひ成功させたい」と話している。製糸作業を安定させた後、商品開発にかかる予定だ。【太田敦子】

 
 ガラ紡が、カンボジアの平和や暮らしのために活かされるなんて、とてもうれしいです。主催されている方とお会いして、私もいろいろお話をうかがいたいです。


[2016/06/10 06:09] | がらんぼう | トラックバック(0) | コメント(0) |
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