城址とガラ紡の里山暮らし
愛知県豊田市松平。徳川家のルーツにあたる里山です。その里山に2014年から暮らしはじめた家族のどたばた。松平で祖父が営んできたガラ紡のあれこれ、松平のなかでも大給城址の季節の移ろいを紹介していきます。
【PTA考② アウェイからジモピーに】
 私のPTA会長の経験から、PTAについて考えています。
 
 PTAを引き受ける前のことをすこし綴ります。

 子どもが友だちとなかよく元気に過ごし、親友をみつけて欲しいと、どの親も願っていることでしょう。親もまた「知り合いが欲しい」「何かあったときに相談できるつながりがほしい」と心の奥底で思っているはず。大人でも人とのつながりは財産であり、豊かに生きるかどうかを決めますからね。

 しかし、親のつながりをゼロからつくるのは困難です。特に、もともと地元に住んでいないものにはなおさらです。あっという間に子どもたちは卒業し、チャンスを逃してしまいます。それなら、学校にある伝統的な組織PTA(父母教師会)を通して、知り合いを増やしていくのは有効です。

 そんな経験を、娘の保育園時代にしました。 

 松平に移り住む前、私は名古屋に住んでいました。娘の保育園でも、父母役員会に立候補して会長を2年(一役員も含めると通算4年)つとめました。保育園では、夏祭やいちご動物園など楽しい行事をしてきました。役員はとてもなかよく、子どもたちにも伝わって、とっても楽しい保育園ライフでした。

 親ネットワークのすばらしさをかみしめた日が、娘の卒園式です。

 その日、私たち家族は松平に引っ越す日でもありました。車で出発するとき、娘のクラスの子どもたちや親が私たちを見送ってくれました。まるでドラマのような旅立ちでした。

(そのときの写真です)

140330旅立ち

140330ぎゅ


  このときの感動が私の「父母会役員をやっていてよかった」と思えた原点です。卒園して丸4年たっても、保育園なかまは私の宝物です。

 そんな感動直後に、娘は小学校入学。子どもも親も、まったくつながりがありません。しかし、学校ではすでに子どもにも親にもネットワークがありました。私たち親子は、常にアウェイな気持ちで孤独でした。

(小学校説明会のときの、娘の不安げな後ろ姿)
140215運動場

 保育園時代との落差が大きく、特に娘には悲しい思いをさせました。1年生のときは「友だちがいない」と保健室登校の時期もありました。娘の不安定な気持ちは1年続きました。

 そんなときに、私にPTA役員の話がありました。「アウェイからジモピーになりたい。つながりがほしい」という私の気持ちにぴったりの依頼でした。(続く)

[2018/02/17 07:12] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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