城址とガラ紡の里山暮らし
愛知県豊田市松平。徳川家のルーツにあたる里山です。その里山に2014年から暮らしはじめた家族のどたばた。松平で祖父が営んできたガラ紡のあれこれ、松平のなかでも大給城址の季節の移ろいを紹介していきます。
豊森第4回講座⑧ 3時間のディスカッション
 2日目午後は、「祭りと祈り」のディスカッション。参加者・スタッフ・インターンのみなさん30数名が円になりました。

 ディスカッションの時間は3時間の予定。

 「こんな大人数で3時間もディスカッションができるのか?」と開始当初は思っていましたが…

 ディスカッションでは、まずは一人ひとり感じたことを出し合いました。その後は相互に質問や意見を発言。
 
 私の琴線に触れた言葉をいろいろ組み合わせて、私なりにディスカッションをまとめてみました。

  • 現状の祭が、なくなるのは時代の趨勢か。かつての「自然と一体と感謝」の祭りと、機械や農薬による農業スタイル、車・携帯電話はじめ科学技術に囲まれた身近な生活では、自然と切り離されているのが実態。「自然のめぐみに感謝」といわれてもピンとこないことがある。


  • 「いただきます」「ごうちそうさま」という感謝の言葉は祈りは近い。「一日何事もありませんように」「無事に学校や保育園から帰ってきますように」という気持ちも祈りのようなもの。震災があってから「祈る」ような気持ちは増えた。祈りは近くにある。特別なものではない。



  • 「祭り」と「お祭り」(イベント)は違う。現状では、「お祭り」で見た目の面白さや華やかさに目が行きがち。地域のつながりも、「祭り」のときとは異なっている、。



  • 一方で、都会では地域のつながりづくりが見直されており、祭りの復活の動きがある。旭地区でも若者を中心にした祭りが始まっている。どのようにして「新しい形」をつくっていくのが、若い世代中心に模索が始まっている。

 

 さて、私は次のような趣旨の発言をしました。

  • 「祈り」というと、どうしてもスピリチュアルに結びつくイメージがある。実は、お賽銭という行為も抵抗を感じており、今日の講座はできれば避けたい内容だった。ただし、祭りや祈りの発生起源や果たしてきた役割を学び勉強になった。



  • 祭りや祈りには「土地と血縁のしがらみ」のイメージがある。映画や地元の方々の発言にあったように「子どもはこうでなければならない」「参加しないと、ど叱るものだ」という感覚には抵抗がある。かといって、イベントのような祭りは「消費的」で、なじめないところもある。



  • それでも、祭りのお囃子や太鼓の音を聞くとワクワクするし心が躍る。祭りで集うことで、人と人とのつながりを感じるのは好き。お地蔵さんにはいとおしさを感じている。だから、本当は祭りが好きなのだし、祈り(感謝・いとおしさ)の気持ちも日常にはあるのだろう。



  • 今のような祭りの維持では難しいかもしれない。でも、地域や部落をどうつくるのかを踏まえつつ、きっと祭りも新しく再生されてくると思う。


 そんなディスカッションを、途中休憩もなく3時間も行いました。当初「こんな大人数でできるのか?」と心配していましたが、なかなか深い議論ができました。

 2日間にわたる講座が終了。今回は脳がかなり疲れてしまいました。
 
 

 
 初日には講座会場の周りにあった稲が、2日目の講義終了後にはすっかり刈られていました。

130930稲刈り後

 帰り道、旭地区のあちこちで野焼きが行われていました。

 煙が鼻の奥でツーンとして、郷愁を感じました。

[2013/09/30 06:05] | 豊森なりわい塾 | トラックバック(0) | コメント(0) |
<<豊森第4回講座⑨ 講座後に | ホーム | 豊森第4回講座⑦ イヨマンテ>>
コメント
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバック URL
http://ogyuubito.blog.fc2.com/tb.php/422-352b859c
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |
プロフィール

おぎゅうびと

Author:おぎゅうびと
FC2ブログへようこそ!

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR