城址とガラ紡の里山暮らし
愛知県豊田市松平。徳川家のルーツにあたる里山です。その里山に2014年から暮らしはじめた家族のどたばた。松平で祖父が営んできたガラ紡のあれこれ、松平のなかでも大給城址の季節の移ろいを紹介していきます。
三ヶ根山周辺 震災・戦跡めぐり⑥ 御津山頂 砲台跡
 三ヶ根山周辺の震災戦跡めぐりも終盤。雨脚が強くなってきました。

 次は蒲郡市へ。目指したのは、蒲郡市内大塚の防空壕跡です。

141110防空壕跡


 かつては入口が2ヶ所ありました。今はふさがれてしまい、跡がよくわからなくなってしまいました。

 最後は、御津山山頂です。豊川市や三河湾が一望できます。

 この山頂に砲台が設置されていました。その名残として、円形のコンクリートが3か所残り、ひとつは展望台です。

141110砲台跡

 この地になぜ砲台が設置されたのか。それは東洋一と呼ばれた豊川海軍工廠があり、この海軍工廠を三河湾からの空襲から守るためです。

141110豊川方面


 1945年8月7日に海軍工廠が攻撃をうけました。「砲台から攻撃をして損害を与えた」といわれていますが、真偽は定かではありません。

 あいにくの天気でしたが、ここからの眺望は美しいのだろうと思いました。

 「災害と戦争」をテーマにした今回の企画。「戦争中の地震は、日本の弱体化を知られないよう隠された」という事実を知りました。私も知りませんでした。

 阪神淡路大震災や東日本大震災、豪雨や台風など日本ではもはや自然災害が日常になりました。災害が起こるとボランティアはじめ、さまざまな支援が行われます。「人の命は重い」という価値観を大事にしているからであり、今の日本国憲法が礎になっているのです。「人の命より国体」とされた時代と大きな違いです。
 

 もうひとつ感じたこと。

 三河湾の美しい景色が戦争賛美と重なる怖さです。

 ひとは美しい景色をみると心に染み入ります。心に染み入る価値観のベースが、戦争なのか平和なのかで真逆になります。美しい景色も、戦争の価値がベースにあると気分を高揚させるのでしょう。

 おりしも沖縄知事選です。辺野古の美しい海を、動物はじめ自然のために残すのか、米軍基地をつくり戦争の拠点にするのか大きく問われています。もちろん、戦争の拠点にしてはいけませんね。

 最後は長々と書いてしまい失礼しました。以上で、三ヶ根山周辺の震災・戦跡めぐりは終わります。

[2014/11/10 08:59] | 戦跡 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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